学校の昇降口に着いてすぐ、珍しい人が梨花に声をかけた。

ビクッと背中が震えた。

「なぁ!」

いつも学校では無口を通す朔斗が梨花の肩に触れて声を出している。ありえない出来事に逆にびっくりした梨花は悲鳴をあげて、走って逃げた。近くにいた生徒たちはジロジロと変な目で朔斗を見る。

「は?!俺、何もしてねぇし!!
 こっち見るんじゃね!!」

話したこともない生徒に獣のように刃向かった。
みんなビクビクして近づこうとはしなかった。
そこへ、クラスメイトの広大がやってきた。

「あ、朔斗。何してんだよ。
 狼みたいな顔して。」

「はぁ?狼じゃないよ。
 梨花に声かけただけなのに、逃げていったんだよ
 あいつ。」

「……??」

 広大は、靴箱から上靴を取り出して、手が止まる。

「広大、何、固まってるんだよ。」

「朔斗、声、かけたのか?」

「ああ。声かけてダメなのかよ。」

「そうかぁ。そうかぁ。
 成長したなぁ。」

 広大は突然、朔斗の頭をペットの犬のごとく
 なでなでした。


「は?俺はペットじゃないっつーの。」

「朔斗、いつも梨花ちゃんと
 学校で話したことないだろ。ずっと無口だった。」

「みんなの前では話したことない…。
 ん?……」

 朔斗は冷静になって広大をじっと見つめる。
 事の重大さに今気づいたようで、だんだんと顔が
 下から順番に真っ赤に染められていく。

「……。」

 何事もなかったようにカバンを背負い直して、
 教室に続く廊下を平然と向かおうとした。

「お、おい。
 俺の話、聞いてる?」

「今日はテストテスト……。」

 広大は真っ赤になった朔斗が面白おかしくて
 何も言わずにじっと横から覗いていた。
 見られていることさえも気づかない朔斗。
 スマホでパシャリと広大に写真を撮られる始末。
 真っ赤なお猿のようになっている。
 もう、まともな話はしないだろう。
 ウキっという鳴き声が聞こえるかもしれない。

 始業のチャイムが鳴ると同時に机に配られた
 テスト用紙がめくられた。
 カリカリとペンの走る音が響いている。
 担任の先生は、窓の外を見て、時間を潰している。

 朔斗は横目でちらりと必死に問題を解く
 梨花の様子を見た。
 こちらには気づいていない。
 いつの間にか、
 梨花よりも気になり始めている朔斗だった。
 ハッとした瞬間にバチと目が合った。
 すぐに切り替えて、テスト問題に集中した。
 重要なテストだというのに他にも考える余裕が
 あるみたいだ。
 気持ちがソワソワして落ち着かない。

 テストが解き終わっていても
 それは鳴り止まなかった。