授業中の静かな廊下、梨花は無我夢中で前に進む。

頭の中に朔斗の“梨花のことは好きじゃないし”の
言葉が響いてる。
全然気にしないようにしても、
頭はその言葉だけが残る。
なんでそのことしか頭に入ってこないんだろう。
幼少期からお風呂でいつも遊ぶおもちゃ
ピンクのくじらを思い出しても、笑えない。

高校生になってもそれで遊ぶかって言っても、
遊びはしないが、悲しいことがあったり
イライラしたら、思い出す。
今は、ピンクのくじらがなんでピンクなんだと
逆にイライラし始めてきた。

一瞬現実逃避できたかと思ったが、全然朔斗の言葉が戻ってくる。ため息をこぼす。

屋上に続く扉を開けた。

頬に強く風が打った。

1人でここに来るのは初めてだった。

校舎の屋根の上にあるカザミドリが風が強く吹くというのに、意地でも動いていない。
張り合ってるみたいだ。
まるで幼い頃の朔斗と梨花みたいだ。

屋上のフェンスにガシッと手を入れて、つかんだ。


これでもかってくらいに空は雲を仲間にしていない。

太陽と一緒に澄んだ青を保っている。

気持ちとは裏腹だった。

こんな、モヤモヤする自分が嫌いになる。


そこに何も言わずに朔斗が梨花に近づいた。

気配を感じることができなかった梨花は、
とんと肩を叩かれて、おばけでも出たかのような
勢いの声を出した。


「きゃーー!!」

後退してささっと逃げた。

「…俺は幽霊か。」


「突然,来るのがいけないんでしょう。
 びっくりした。」


目の端に涙があることを隠した。
目をこすってごまかした。

「あ、あのさ…。」


「……。」


「空、青いよな。」


そんなこと聞きたくない。
だからどうしたというのだ。そんなこと言わなくても青いことくらいこの地球に何年過ごしてきたというんだ。知らないわけがない。何か腑に落ちないモヤモヤ感情が頭を駆け巡る。

「…ずっと青いままなんだよな。昔からずっと。」


「……。」


 何を言いたいのかわからなくなってくる。
 梨花は不機嫌な顔で横を向く。


「梨花。」


 屋上のフェンス、隣同士。
 授業中の心臓が激しく打ち鳴らす。

 ストンと落ちたストレートの梨花の髪が
 風でなびく。

 世界が変わった気がした。
 音が消えた感覚に入ったみたいだ。

 梨花の目の前に朔斗が顔を斜めにして、
 自分の唇にあたたかい何かを押し当てた。 

 信じられなかった。

 今ここにいる自分は本物でしょうか。

「なぁ、わかるだろ。言わなくてもさ!!」

「……わからない!!」

「はあ?!」

「何されてもわからない。
 私は……私は、朔斗が信じられないから!!」

 梨花の顔がぐしゃぐしゃに崩れていく。
 さっきとは違う涙が流れた気がした。

 本当はものすごく嬉しかったのに
 素直になれなかった。

 あの言葉をただ言ってほしいだけなのに
 望みは叶わないのだろうか。

 行動で感じて欲しいという朔斗の気持ちに
 理解できない梨花がいる。

 朔斗は梨花の顔をぐいっと近づけて、
 額同士を重ね合わせた。

 うるうるした梨花の目とキリッと力強い朔斗の
 目が合わさった。

 もう一度、目をつぶって、顔を近づけて
 柔らかい唇を触れ合った。
 ハムっとはさんだり、
 小鳥のようにクチバシを合わせるような短い
 触れ合い。

 頬から耳の先端まで真っ赤にさせて、
 朔斗の顔が見られなくなった。

 何も言わないなんてものすごくずるい。

「…好き。」


「うん。」


「朔斗は?」


「うん。」


「うんだけじゃわからない。」


「うん。」

 少し沈黙が続く。

「分かれよ!!」


「……もうやだ。」


「ああ、そっか。」


「うん。絶対やだ。」

 そう言いながらも梨花は朔斗の手をしっかりと
 繋いでいる。

「自分だって、言ってることとやってること
 おかしいじゃんよ。」

「……真似してみた。」


「おうおうおう。良い度胸だな。」


 朔斗はこれでもかと梨花の脇をくすぐった。
 声にもならない笑いになって苦しくなる。
 体をくねくねして逃げる。


「あ、待てって。」

 
 そのまま2人は屋上の扉を開けて、
 鬼ごっこのように校舎の中へ入っていった。
 それと同時に授業が終わるチャイムが鳴った。

 
 カザミドリは、カラカラとスムーズに風に
 煽られていた。