5時間目の終わりに
梨花は広大に声をかけられた。
朔斗を横目に2人で図書室へ向かう。

あまり話したことがなかった2人は、
お互いに緊張していた。

廊下から階段に登ろうとした時に
広大から声をかけた。

「栗原って、朔斗と同じ中学なんだろ?」

「…うん、そうだね。」

 梨花は聞かれたことしか答えられなかった。
 広大は返事があっさりしていたため、
 なんとなく、聞きづらかった。

 階段を登ってすぐの図書室の引き戸を開ける。

 司書の先生が膝に毛布をかけ分厚めの本を
 読みながら、メガネをくいっとあげて、
 こちらを見た。

「すいません、自習用の本を借りに来ました。」

 広大が話しかける。
 先生は何も言わず、指をさす。

 小さくて、薄い本がボックスにたくさん
 入っていた。
 本のタイトルは「鼻」芥川龍之介著と
 書かれていた。有名な作品だった。
 広大は、真っ白な本のタイトルだけ書かれた
 表紙を眺め、ペラペラとびっしりと文字が
 引き詰められた本文を見る。

「うわぁ、文字多すぎー。」

「本あまり見ない?」

「こういうのは興味ないかな。」

「だよね。私もあまり得意じゃないかな。」

「栗原、こっち持ってくんない?
 うちのクラスって20人いたっけ。」

「うん、確か26人くらいだったかな。」

「よく覚えてるな。」

「いやいや、クラス委員だから
 ノート集めとかするじゃない。」

「…そっか。それもそうだよな。
 よし、んじゃ、これ持っていこう。」

「わかった。」

 梨花と広大は、手のひらサイズの本が
 たくさん入ったボックスをそれぞれ持った。
 失礼しますと声をかけて図書室を出る。
 運びながら、また話し出す。

「あのさ、栗原って
 朔斗のどこがいいの?」

「…??
 え?何の話?」

「いや、だって、付き合ってるんでしょう?」

「な、なんで、そうなるの?
 付き合ってなんかないよ。
 朔斗がそう言ったの?」

「いや、俺の想像で聞いてみた。
 違うの?」

「う、うん。違うよ。
 勘違い…だね。」

「お、おう。」

 広大は言いかけた言葉を引っ込めた。
 教室の前に着くと珍しく、
 朔斗が他の男子と会話しているのが聞こえてきた。
 クラスカーストの上位に
 君臨する楠木祥太郎(くすのきしょうたろう)
 ケタケタ笑いながら話している。

「なぁなぁ、朔斗ぉ。
 お前、栗原梨花と付き合ってるんだろう?」

「え、ん?
 いや、別に付き合ってないし。」

「嘘だあ、お前ら、一緒にいるところ
 見たってやついるんだぞ。
 どこまで進んだんだよ。
 陰キャのくせにやることやってるんだな。」

「な!?
 俺は陰キャじゃない。
 梨花のことは好きじゃないから。
 勘違いしないでもらえるかな。」

 初めて祥太郎と話す朔斗は声が上擦っている。
 逆らうと何されるかわからないという恐怖もある。
 隠してきたことが出てしまうのを恐れた。
 学校内では無口で名を通す予定だったのが、
 見事に崩れた。
 陰キャじゃないと否定しているし、
 梨花を好きじゃないって言ってしまっている。
 もう、計画は失敗だろう。

「あー、そうだったんだ。
 ごめんね、朔斗。」

 祥太郎は聞かない方良かったなっと
 急に話を終えて、隣近所に座る女子たちと
 わちゃわちゃ騒がしく話し始めた。
 
 なんで話しかけにきたんだと
 疑問で仕方ない。
 教室の出入り口付近、図書室から戻ってきた
 広大と梨花が立ち止まっていた。
 教壇の上にある教卓に本の入ったボックスを置く。

 ‘’梨花のことは好きじゃない”のワードが
 梨花の頭の中に繰り返される。
 運んできた本を置いて、
 梨花は1人教室を出て行った。

「朔斗、そう思ってても本人が聞こえる場所で
 言っちゃいけないだろう。」
 
 広大がボソッと言う。
 その話が遠くで聞いていた祥太郎は何のことかさっぱり分からず、おしゃべりに夢中になっていたが、
朔斗は悩んでいた。
ここで追いかけたら、好きなのかと認めることになる。追いかけなけなれば、ひどい発言のした人と非難を浴びる。どちらにしてもまずい。

頭の中ではこうしたらこうなると想像したが、そうも言ってられなくなり、朔斗は無意識に席から立ち上がって、梨花を追いかけていた。

6時間目のチャイムが鳴った。
自習であるため、広大は黒板に自習と大きく書き、
本を読んだ感想をプリントで出すと2段目に書いた。

ザワザワと騒がしい教室の教壇に図書室から借りてきた本が置かれていた。

1人1人に配ったが、
誰も真面目に読もうとはせずに
それぞれ近くの人と会話して時間をつぶしていた。


梨花と朔斗は教室にはいなかった。
2人の席だけが空いていた。