雲が優雅に流れる昼下がり。

梨花は、部屋の勉強机に学校の宿題を広げて、
外をながめていた。
天気がいいなぁとシャープペンとくるくると回した。
英語の日本語訳が途中だった。
教科書ノート、辞書を広げたままぼんやりする。

猫のミャーゴがいつの間にか朔斗の家のベランダに
飛び出してるのが見えた。

「あ、おいで、おいでー。」

 無意識に近くに呼び寄せていた。
 猫は気まぐれだというけれど、
 ミャーごは梨花のことが気になるようで
 いつも近くに寄ってくる。

 体にまたたびでもついてるのだろうか。
 梨花の部屋の前のベランダにやってきたミャーゴは喉をゴロゴロとさせて、ご機嫌だった。梨花はミャーごの顎の下を撫でていた。

「良い子良い子。
 かわいいなぁ。
 うちの子になればいいのになぁ。」

 ミャーゴはしばらく梨花のなでなでに
 終始ご機嫌だった。
 それを朔斗は数分前から気づいていたが、
 静かに待って、梨花とミャーゴを眺めていた。
 何気ないそんな姿が愛しかった。
 柔らかい表情の梨花とそれに応えるミャーゴの
 反応に引き寄せられていた。

「あ、朔斗!!
 何、そこでじっと見てるの!?
 ミャーゴ、うちの子にしちゃうよぉ。
 ねー?」

 ミャーゴを優しく抱っこしてなでなでした。
 朔斗はハッと気づき、怒りの表情を見せた。

「梨花にミャーゴは渡さないぞっと。」

 朔斗は自然の流れで梨花の部屋のベランダに移動した。梨花と朔斗の家は数メートルのスペースしか離れていない。少し足を伸ばせば届いてしまう距離だ。

「よっと!」

 ジャンプして、梨花の部屋の中に移動すると
 思いがけず、着地した足のバランスを崩した。

「きゃー。」

 不意に、ミャーゴを抱っこしていた梨花の上に
 朔斗は乗っかる形になった。アクシデントだ。

「ちょっと!やめてよ!……?!」

 うつ伏せになっていた梨花が起きあがろうとした
 瞬間、朔斗との顔が目の前に。バチっと目があって、何も言えなくなった。かなりの至近距離。抱っこされていたミャーゴはにゃーと鳴いて逃げ出した。
動けなかった。体がかたまる。こういう時どうすればいいのか。思いがけず、目をつぶった。すると、何か柔らかく、温かいものが唇に触れた。何をされたのか。目をつぶっていてわからなかった。
 気になって、目をバチっと開けた。

 そこには、ミャーゴを抱っこする朔斗の姿だった。
 夢だったのだろうか。下唇を指でおさえた。

「さ、朔斗、今、何かした?!」

「……何もしてない。
 ミャーゴ抱っこしただけだし!!」

「う、嘘だ。」

「……ミャーゴ、ほら行くぞ。
 にんにくくさい人とはおさらばだ。」

「……ちょ、それってどういうことよ!?
 確かにお昼ごはんは今日餃子だったわ。」

「へーそうですか。
 通りで唇がテカテカのテッカテカですね。」

「あ、油っぽいってこと?
 てか、ちょっと待って、今、キスした?!」

 その質問には一切答えない朔斗は、
 ミャーゴを連れて、元いた自分の部屋に
 戻って行った。

 肩には名残惜しそうなミャーゴが
 こちらを見て鳴いていた。

 ぺろっと舌を出す朔斗がいる。

 ロマンチックなんてどこへやら。
 質問の答えを聞いてないまま一日を終えた。

 モヤモヤした気持ちのまま
 夜は全然眠れない梨花だった。