朝ごはんを急いで食べて、寝癖を直すのも
中途半端に、梨花は、玄関を飛び出した。

電車の発車時刻まで徒歩でもギリギリの時間だ。

「やばいやばい。」

小走りだった梨花の横を朔斗は黙って通り過ぎる。
同じようにギリギリ家を出て来ていた。
何も言わなかった。

いつも通りだった。

何も変わらない。

猫のミャーゴの時だけものすごく流暢に話すのに
ミャーゴはいないときは、私は銅像にでもなったのかよう。ここに私、存在してますよとアピールしたいくらいだった。


駅の方で、発車ベルが鳴り響いている。

改札口を通り過ぎて、全力疾走で進んだ。

階段をおりてすぐ、車両のドアの前で思いっきり
転んで、鼻をぶつけた。

案の定、電車は梨花を置いて、発車してしまう。

完全に遅刻だ。

諦めた。

体を起こして、ぺたんと座ったまま天を仰ぐ。

声を出さすに泣いた。

幸いにも、周りには誰もいなかった。

落ちていたバックの紐をずずずっと引っ張った。
なんとツイていない。

電車には乗り遅れて、
鼻は赤くして擦り傷を負っている。

鼻だけ怪我をするなんて滑稽だ。

鼻を指で触り、血が出ていることを確認した。
バックに入っていたポケットティッシュで
血をおさえた。


待合室のベンチに座って、
次の車両が来るのを待った。

電車の乗り遅れで、学校を遅刻するのは
初めてだった。

バックの中を漁って、絆創膏がないか確認した。
いつか最後に使って、補充するのを忘れていた。


ふと、顔を見上げると、
希望していた絆創膏が目の前にあった。

「朔斗、電車乗らなかったの?」

 朔斗が右手に絆創膏を持っていて、
 梨花に差し出していた。

「ほら。使えよ。」


「女子力高いね。男子だけど…。
 うん、ありがとう。もらっておく。」

「女子じゃねぇよ。
 その絆創膏持ってたら
 女子力高いって話。
 つまんねぇ。どうでもいいだろ。」

「……ただ、言ってみたくなっただけだよ。」

 梨花はもらった絆創膏を鼻につけた。
 豪快に転んだため、怪我も広範囲だった。
 女子とあろうものが、顔を怪我するとは
 不覚だった。

 自然の流れは朔斗は梨花の隣のベンチに座った。
 沈黙が流れる。

 待合室には他に誰もいない。

 自動販売機の音がヴォーンと鳴った。

朔斗は、窓の外を見た。
車掌が大きいバックを持って移動しているのが
見えた。次の車両はまだのようだ。

「次の電車って何時だっけ。」

「30分後だった気がする。
 本数少ないもんね。」

「そっか。」


「てか、朔斗はさっきの電車間に合ってたでしょう。
 なんで、ここにいるのよ。」

「トイレ行きたくなったから。」


 朔斗は、梨花に本音を隠していた。


「トイレ?家でしてこなかったの?
 電車乗れなかったら、遅刻って知ってるのに?」

「……ああ。」

 そっぽをむいて返事をする。
 これは嘘だなと気づく。

「嘘ってわかっているけど、
 面倒だから聞かないね。」

「……。」


 一度は車両に乗った朔斗は、
 豪快に転んだ梨花を見て、
 心配になり、見つからないよう、
 乗った車両から降りていた。

 降りたのを見えたら、乗ってって
 梨花が騒ぐだろうと思っていたからだ。


先を見越しての決断だった。

少しでも2人になれるチャンスを作りたかったのだ。


朔斗は、話さなくてもただ隣いて、
同じ空間にいるだけで満足していた。


梨花はなんで一緒にいなくてはいけないのか
気になって仕方なかった。

貨物列車が勢いよく通り過ぎていく。

こういう時間も貴重だったりするのかもしれない。