「お前、絶対わざとだろ!」
「え、何のこと?」

 恵梨香は首を傾げてしらを切った。

「まぁいいけど」

 怒っているのかと思えば、何処かホッとしているようにも見える。

「啓汰、わんこ好き?」
「おお、すげぇ好き。俺のマンションはペット禁止だけど、実家は子供ん時からずっと犬飼ってるし、しかも、たまにしか帰んねぇ俺に一番懐いてる」
「へー、そうなんだぁ」

 初めて知った啓汰の犬好きエピソードに、思わず頬が緩む。

「あのね、実は私も、こう君と同じミニチュアピンシャー飼いたいなって思ってるんだけど、どうかな?」
「おー、いいじゃん。てか、何で俺に聞くんだよ」
「何でって……」
「じゃあ、俺がもし犬は苦手だって言ってたらどうすんだよ」
「飼わない」
「何で」
「だから、それは……」

 恵梨香は口ごもった。
 
「もしかして、俺と同棲しようってことか?」
「な、何でそうなるのよ! そこまで言ってないじゃん」
「何だよ、嫌なのかよ!」
「そうじゃないけどさぁ……」

 少しだけ素直になってみた。

「うちにわんこを迎えて、啓汰を迎えられなくなったら困るなーと思って……一応先に聞いただけ」
  
 見開いた啓汰の目が一瞬左右に揺れた後、三日月になった。

「任せとけ! 俺もちゃんと世話するから」

 あの日と同じ啓汰の頼もしい言葉に、胸が高鳴る。
 啓汰が向ける眼差しは、あの頃と少しも変わっていない。

 もっと早く素直になっていれば良かった。

 我が家に先に迎えるのは、ずっと待たせていた金曜日のわんこになりそうだ。





【完】