――あぁ、これ、詰むやつ。


月明りに濡れる庭園で見つめ合う、王太子とピンク髪の男爵令嬢。
ふたりを目撃した瞬間、「このスチル、見たことありますわ」と思った。
「でも、スチルって何だったかしら」
と考えた途端に前世の記憶がよみがえる。
「ここ、前世に遊んだ恋愛スマホアプリの世界だ」
という事実を認識した。

私は侯爵令嬢ミレーユ・ガスターク。
金髪碧眼の勝気な美貌の持ち主で、王太子ユードリヒ・フローレンの婚約者。
王太子が攻略対象となる『メインルート』で、ヒロインの恋路を阻む悪役令嬢。

王太子が男爵令嬢の手を握り、とろける美貌で何か囁いてるのを遠目に眺めて、私は「ないわー」と呟いていた。


このゲームのヒロインは、ドノバン男爵家に拾われて養女となった平民出身の男爵令嬢アイラ。
貴族学園の入学初日に王太子ユードリヒと運命的な出会いを果たす。
そして私ミレーユは、王太子と親しくなっていくアイラに嫉妬し、イジメ・窃盗・恐喝などなど悪辣非道な仕打ちの数々。
……最終的には卒業パーティで王太子から婚約破棄を言い渡され、国王や王妃からも「王太子妃としてミレーユは不適格」と見放される。それが私の役どころだ。

ショックで錯乱したミレーユは修道院送りとなり、療養と祈りのうちに生涯を閉じる――
(閉じてたまるかバカヤロー!!)
前世の記憶を取り戻したせいか、お口が悪くなってしまったようだ。


(ミレーユ)は悪役令嬢、すなわち当て馬にして踏み台役。

ミレーユがアイラをいじめて危機に陥れるたび、アイラと王太子の距離は縮まっていき、友愛はいつしか真実の愛へ――

(友愛ねぇ……夜の庭園で手を握り合って喋ってる時点で、お友達関係なんてとっくに越えてると思うけど。私という婚約者のある身でありながら。まぁまぁまぁ)

王太子ユードリヒがアイラに向ける甘々な笑顔の、どこに友情を見出せようか??
どう見ても、もっと先のご関係だ。

勝手に踏み台にされてはたまらない。
だから二人の密会なんて見なかったことにして、私は黙って庭園から遠ざかることにした。

(まぁいいわ。攻略ルート選択直後である()()()()()で記憶を取り戻せたのだから、不幸中の幸いということにしておきましょう)

今日は4月1日。
私達は今日から貴族学園の2年生だ。
そして現在は、学園ホールで進級パーティが執り行われているところである。
ゲーム上では、2年次の進級パーティは攻略ルートを決める超重要なイベントだ。
『パーティを抜け出して一緒に庭園に行く相手』を選定することにより、ルートが決定される。

――ヒロインは王太子ルートを選択したのだ。

さっきのスチルは、王太子がアイラに自分の悩みを語って聞かせる場面のあとに表示されるものだ。
アイラの台詞選択で「わたしは殿下を尊敬してるし、いつだってあなたの味方です!」というセリフを述べると、
王太子がアイラの手を握って笑顔で感謝を述べる。それがあのスチル。

そして直後、ふたりの密会を目撃していた悪役令嬢ミレーユが乱入する――というハプニングイベントが起こる。「アイラ様。ユードリヒ殿下にずいぶん親しげですのね。身の程をわきまえてはいかが?」という、テンプレべたべたなお邪魔虫発言からの修羅場展開になるのだが。

もちろん、今の私はそんな愚は犯さない。

前世の記憶を取り戻すのがあと一歩遅かったら、乱入していたと思う。
私が茂みの影からスチルを目撃していたのだって、パーティ会場を抜け出した二人を尾行していたからだし。……危ない危ない。

浮気男(ユードリヒ)なんて要らない。アイラにくれてやる。
そもそもユードリヒは全然、『推し』じゃなかったし。

私がこのゲームで唯一絶対的に推していたのは、『ノエル』だけだ!

(……そっか! この世界に転生したということは、生ノエルに会いに行くこともできるのね!?)
そう思うと、俄然やる気が出てきた!!

(でも、今はまだ生ノエルのお顔を拝める状況じゃないわ)
ミレーユとノエルでは住む世界が全然違うし、ゲーム内での接点もなかったから。
それに私を待ち受ける過酷な未来のことを考えると、ノエルに夢中になっている余裕はない。

――私に用意された未来。それは、ユードリヒ殿下からの婚約破棄。
破棄されるのは構わない。
でも『ミレーユ側に問題があったため、破棄』という流れに持っていかれるのはマズい。
修道院送りや投獄、実家であるガスターク家への賠償請求、実家から勘当されて平民落ち……などなど、私の有責となれば不遇な生涯を送ることになるのは避けられない。

前世、ネット購入した商品を返品するとき『お客様都合』か『弊社責任』かで対応が変わったのと一緒だ。

私の自由な未来のためには、
【王太子側の有責による婚約破棄】を勝ち取らないとダメなのだ!!

――さて、そのためにはどうしたら良いかしら?
私は考えを巡らせながら、パーティ会場へと戻っていった。



パーティ会場に戻った途端、取り巻きの令嬢3人が心配そうな表情で近づいてきた。
先ほど私が血相を変えてアイラと王太子を追いかけていったから、心配していたとのことだ。
……といっても彼女たちの本音は友情ではなく、国内三大派閥『中庸派(ネルケ)』の筆頭であるガスターク家に媚びを売りたいだけなのだけど。

「ミレーユ様。わたくし、あのアイラとかいう男爵令嬢が許せませんわ!」
「わたくしもです! 下賤な平民の生まれなのに、殿下と馴れ馴れし過ぎます」
「そろそろアイラ嬢に、()()()を教えて差し上げませんこと?」

目をぎらつかせて悪どい笑みを刻む令嬢たち。
まさにイジメが始まる瞬間……。
しかし私は、彼女たちをたしなめた。

「くだらないことを考えるのは、おやめなさい」

取り巻き令嬢たちは戸惑っていた。
いつもアイラににらみを利かせていたミレーユが急に冷静になったから、驚いているようだ。

私は()()()()()()()()()()()で、王太子との縁を切りたいのだ。
だから、絶対にアイラをいじめてはいけない。

さいわい、1年生のときはイジメをしておらず、嫌味を言ったり睨んだりした程度でとどまっていた。
ゲームでも、アイラの教科書を盗んだり制服を破いたりといった悪質なイジメが始まるのは2年生以降。……つまり、今日の進級パーティ以降のことだ。
ギリッギリセーフ!

「アイラ嬢への嫌がらせなど、この私ミレーユ・ガスタークが許しませんわ」

取り巻きが勝手にアイラをいじめて、『ミレーユが裏で糸を引いていた』と誤解されたら困る。
きちんと釘を刺しておこう。

「でも……ミレーユ様」
ミレーユの豹変ぶりに、取り巻きたちは不満そうだ。
もちろん彼女たちへのフォローも欠かさない。

――戦略その2、『ミレーユの味方を増やすこと』。

「ソフィ様。クレア様。エリン様」
と一人ひとりの名を呼んで、私は彼女たちに微笑みかけた。

「貴女たちが私を想って言ってくださったのだと、もちろん理解していますわ。いつも、ありがとう」

思えば、彼女たちへの感謝を口にするのは初めてだ。それだけで、彼女たちは激しく動揺しているようだった。

「貴女たちがアイラ嬢につらく当たれば、誰かが必ず貴女たちを悪く言います。私は、それが悲しいの。『悪役令嬢』は、私ひとりで十分ですわ。アイラ嬢に威圧的な態度を取る私に対して、反感を持つ生徒も少なからずいることくらい、私にも理解できています」

「ど、どうしたのですか、ミレーユ様」
「これまでのミレーユ様とは、あまりに……」
「失礼ですが、人が変わったみたいですわ」
うん。変わった。
ついさっき前世をインストールしてきたばかりです。

ふぅ。と、私は悩ましげな溜息をついてみせた。
「実は私、……先ほど庭園でユードリヒ殿下とアイラ嬢が激しく愛し合う現場を、目撃してしまったの」
「「「激しく愛し合う現場!?」」」
実際は手を握ってただけだけど、ちょっぴり盛ってみた。

「ええ。今までも『もしや』と思うことはあったけれど、あれほど熱烈に睦び合うお姿を見てしまっては……もう、私がふたりの間に入り込む余地はないでしょう。だから私の心には、もはや嫉妬や焦りはありません」

寂しげな微笑を浮かべてみせた。

「殿下のお心を引き留められなかった、惨めな私だけれど。……こんな私でも、ずっとお友達でいてくださる?」
「「「……! ミレーユ様」」」
感極まった様子で、彼女たちは私の手を取った。
「もちろんです。わたくしたち、ずっとミレーユ様のお友達ですわ」
「わたくし、ミレーユ様のお心の深さに感動いたしました」
「おつらいのに、わたくしどものことまで気にかけてくださって……ミレーユ様は本当にお優しい方ですわ」

これまでのミレーユは威圧的で、そして彼女たちはただゴマを擦ってるだけだった。
今日からは健全な友達関係を目指したい。

「わたくし、ますますアイラ嬢が許せなくなりました!!」
「わたくしもです!」
「ミレーユ様を傷つけるなんて、本当に憎らしい」

「ありがとう、皆さん。でもどうか穏便にね。……色々なことがありすぎて、さすがに疲れてしまったから、私はそろそろ失礼しますわ。それではまた明日」

パーティがお開きになる前に退場することにした。めぼしい知人に挨拶を済ませて、立ち去ろうとしたそのとき――

「私に声もかけずに帰るとは、婚約者としての礼を失しているとは思わないのか? ミレーユ」
という男声が背後で響いた。

……なんでお前から絡んでくんだよ。
と疑問に思いつつ振り返れば、やはり王太子の姿がそこにある。
ゆるやかなウェーブの掛かった陽光のようにきらびやかな金髪と、スカイブルーの瞳。
まさに『王子様』然とした出で立ちで、ゲーム通りの美麗な立ち姿だ。
彼の背後から、ちょこんと小柄なピンク髪の令嬢アイラが不安そうに顔を覗かせている。

なーんーでー話しかけてくるのー?
私、見てみぬフリしてあげたでしょー??

二人でしっぽりやってろよ! という品のない本音は笑顔の下に隠しつつ、私は扇を口元に添えて首を傾げた。

「……殿下、どちらにいらしたのですか? お姿が見えなかったので、退席の挨拶もできず失礼いたしました」
「しらを切るな! お前は先ほど、私とアイラが庭園で語り合っているのを盗み見ていたんだろう!?」

あら、バレてたの?
でも殿下、自分から密会のことを公言しちゃって良かったんですか? 
殿下の声を聞いたギャラリーが、「庭園で殿下がアイラ嬢と?」「何をしていたのかしら」などと囁いていますけど。

「……殿下とアイラ嬢が2人きりで大切なお話をしていたようなので、私は黙って引き返しただけですが」
「なんだと!? いかがわしい邪推をするな。彼女が私を誘ったのではなく、私のほうから彼女に『悩みを聞いてほしい』と頼んだのだ。やましいことなど何もない!」
「そうですよ、ミレーユ様! わたしたち、本当にただおしゃべりをしていただけなんです!」

殿下とアイラの台詞は、ゲームと同じだ。
ミレーユが修羅場イベントでアイラに詰め寄って、「私の婚約者であるユードリヒ殿下をたぶらかすなんて!」と怒鳴ったあとの、彼ら2人の台詞。

でもシチュエーションが全然違うし、今の二人は公然でのウザ絡みからの自爆にしか見えないけれど。

「殿下。進級を祝う晴れの日に、声を荒げるなど場違いですわ。それに『悩みごと』などと気軽に口になさるのも好ましくありません。あなたさまは、国を背負い立つ王太子殿下なのですから」
「なっ……」

悔しそうに言いよどむ王太子。
自分から吹っ掛けてきて、なに悔しがってんのよコイツ……。

痛い男だ。こんな男、絶対に推せない。

「それではごきげんよう、お二人とも」

淑女の礼をして、私は今度こそホールから去った。