夜の須磨ビーチ。

海岸沿いに立ち並ぶオレンジ色の街灯が幻想的な風景を作っている。

私は今、ヤシの木が植わる砂浜で、陽斗くんを見つめていたんだ。

意を決したように一歩踏み出した陽斗くんを見た瞬間、私にもビリビリと緊張が伝わってきた。

「じつは、キミに伝えなきゃいけないことがあるんだ」

「あ、うん……な、なな、なにかなぁ」

イケないことだと思いながらも、私はつい癖で前髪に触れてしまっていたんだ。

「あの……」

「うん」

「じつは、じつは……」

「あ、うん……なにかなぁ」

どどど、どうしよう。

ちゃんと陽斗くんのこと、見なきゃいけないのに。

けど。

けど。

やっぱり見れないよぉ……。

怖いよ、なんていわれるんだろう。

「ええっと……オレは……」

「うん、うん」

こ、怖いよぉ。

聞きたくないよぉ。

この先を聞けば、後悔しちゃいそうだよぉ。

私の頭の中に、顔が曇った陽斗くんの顔が浮かんでしまう。

そして、ネガティブ陽斗くんが、私にとってすごく聞きたくない言葉をいう。

やっぱり、カレー当番は一緒にできない……。

迷惑だから、オレにはもう話しかけないでくれ……。

あの日交換したラインも、やっぱり消してほしい……。

とにかくもうキミとは会えない、さようなら、さようなら……。

ただの想像でしかないのに、本当にそんなことを言われそうな気がした。

なんだか息苦しい。

心臓が苦しい。

ああ……神様ぁ。

もうこの関係は終わっちゃうのかな。

そんなの、嫌だよぉ……。

これ以上考えると、私の心臓は大きな音を立てて、ついにはうんともすんともいわずに止まってしまうような気がした。

うぅ、息苦しいよぉ。

「神宮司さん」

陽斗くんがまた一歩足を踏み出した。

私も覚悟を決め、前髪の隙間からそっと彼を見つめる。

私はごくりと唾を飲んだ。

「じつはオレは――」

そのとき。

「陽斗くん!」

オーランド様のそんな声が、陽斗くんを遮った。

え?

いつの間にか、陽斗くんの背後にオーランド様が立っていたんだ。

ええ?

私は目を疑った。

うそ、い……いつの間に?

私がポカンとしていると、オーランド様はかけていたサングラスを外した。

「あ……」

その顔を見て、私は思わず声を漏らしたんだ。

オーランド様が、とても悲しそうな顔をしていたから。

なにがあったのかはわからない。

けど。

ハッと振り返る陽斗くんに、オーランド様がなにかを耳打ちすると、一瞬だけ私たちのいる空間だけ時間が止まったような気がした。

私の前で、陽斗くんの顔が青ざめていく。

気のせい?

陽斗くん?

けど。

なにがあったのか、訊く間もないうちに、

「ごめん」

陽斗くんが小さな声で、しかし確実に、私にそういった。

「……」

ごめん?

陽斗くん。

陽斗くん。

……これで、終わっちゃうのかな。

そんなふうに思ったときにはもう、陽斗くんは私の脇を走り抜けていくところだった。

振り返ると、もう彼の姿は人だかりに消えてしまっていたんだ。

「陽斗くんっ」

陽斗くんっ……。

しかしもう、彼の姿はどこにも見えなかった。

私の声なんて聞こえていなかったんだ。

「陽斗くん……そんな」

いったい、なにが?

いったい、なにが起きちゃったの?

私は立ちすくんだまま呆然としてしまう。

これって、これって……フラれちゃったのかな。

やがてすぐ、私の体の中身がそっくりそのままえぐり取られるような、そんな喪失感が襲い掛かってきた。

これって、これって……フラれちゃったのかな。

今度は私の体の外側が、水をかけられた障子の和紙みたいになって、ペラペラと皮膚が情けない音を立てて剥がれ落ちていく、そんな感覚に襲われた。

これって、これって……フラれちゃったんだよね。

最後に私の体は、障子の木枠だけで作られた憐れな骨格標本みたいになっていた。

もうわずかな波風が吹くだけで、私は跡形もなく崩れ去ってしまう、そんな感覚に襲われたんだ。

これが。

これが。

これが、失恋。

これが、失恋のショックかぁ……。

瞬間、眩暈がした。

頭がクラっとした。

急に喧騒が遠のいた。

膝がガクガクッときた。

とたんに視界に夜空が映った。

すぐさま誰かに背中を掴まれるような気がした。

容赦なく頭の後ろから、倒れていくのがわかった。

このまま後頭部をぶつけて気を失うのかな、そう思った。

でも、それでもいいのかな……私は倒れながらそうも思った。

……陽斗くん。

そして、私が目を閉じた瞬間だった。

「大丈夫かい、美雨さん」

あ?

私は、オーランド様の胸に支えられていたんだ。

彼によりかかるようにして、私はかろうじて立っていた。

意識がぼんやりとする中、視界にオーランド様の青い瞳が映る。

「少し厄介なことが起きてね」

「……厄介?」

「ああ」

意識が朦朧とする中、私はなんとかオーランド様と会話をする。

もしかすると、フラれたわけじゃない?

そんなかすかな望みが、私の意識をなんとか形作っていた。

私の顔をのぞき込むようにして、

「陽斗くんのことはボクが責任をもって支えるから」

オーランド様が真剣な顔でそういった。

「責任?」

「ああ、美雨さんは心配しなくてもいい」

「心配?」

「ああ。とにかく家に帰ろうか――」

いつか美雨さんにも話すべきときがくるだろう、と最後にオーランド様はいった。