─3話の翌日─


◯栢の部屋の中にある椿の部屋(朝)

全身鏡を見ながら制服に着替える椿。

楔学園の制服は黒いブラウス(血で汚れてもいいように)。
スカートも黒。裾の部分に白のライン。
他に赤いネクタイとレッグホルスターがあり、靴下とローファーも黒。


椿(い、色々あってどこになにをつければいいのかわからない。これはどこのベルト?)

レッグホルスターを手に首を傾げる椿。


栢「椿、準備はできたか」

椿の部屋のドアをノックもせずに開ける栢。


椿「ま、まだ」

ドアを閉めようとしたらつまずいて、栢の胸へとダイブする椿。

栢「これはどういう状況だ?」

着替えの時間なら十分あったはずなのに、未だブラウスしか身につけていない椿に栢が尋ねる。

椿「な、なにをどこにつければいいのかわからなくて」

栢「そういえば椿の学校の制服はえらくシンプルだったな」

栢はそう言うと、椿をベッドに座らせてレッグホルスターを手に取った。


椿「あ、あのつけ方さえ教えてもらえれば自分で」

下着が見えないようブラウスを手で押さえながら訴える椿。

栢「見て覚えればいい」

栢はそう言うと椿の右太ももにレッグホルスターをつけた。

そこに引き出しから取り出した手のひらサイズの銃を差す。

椿「それって」

栢「護身用の銃だ。吸血鬼にしか効かない。ただ一定時間動けなくなる一時的なものだ」

レッグホルスターをつけてもらった椿はスカートを履く。今度はネクタイのつけ方がわからない。

栢はそれに気づき、椿の背後に立つとネクタイを締めた。

椿「ありがとう……ございます」

やっと制服に着替え終えた椿。

椿「お、おかしなところはないですか」

椿は服装に乱れがないか聞いた。

しかし、栢は感想を述べる。 

栢「可愛い」

栢の言葉に戸惑う椿。

椿(この人の言葉にはどう反応したらいいのかわからない)

栢「最後にこれを」

椿の髪を後ろへと流す栢。
ネクタイを手に取り、自分のつけていたピアスを椿のネクタイへとつけた。

赤いネクタイに黒のピアスが光る。

椿(なんだか高そうな宝石)

椿「これはなにかの決まりですか」

栢「いや。ただ俺が椿に持っていてほしいだけだ。他の吸血鬼を寄せ付けないために」

椿(これも護身用のなにかってことなのかな)

制服に着替えたふたりは、教室へと向かう。

その道中、栢の隣を歩く椿は多くの視線を浴びた。

椿(……やっぱり、この人って特別なの? 顔は整ってると思うけど)


◯教室

楔学園の高等部は単位制で、受ける授業によって教室が変わる。


教室に足を踏み入れると、皆が椿を見てコソコソと話しだす。

栢が大げさに椅子を引き腰を下ろすと、皆は他の話を始めた。

椿「あの……編入初日なのに普通に登校してもよかったんですか?」

編入生といえば、先生に連れられて自己紹介をするイメージだった椿。

栢「学園内の人間は入れ替わりが激しいから、周りはいちいち誰がいるとかいないとか。そんなことは気にしない」

椿「入れ替わりが激しい?」

栢「ある日、突然パートナーが変更になったり、二度と姿を見せなくなったり」

椿(それって、まさか吸血鬼の手によって殺されるってこと?)

息を呑む椿の元に昨日、顔を合わせた美紅がやってくる。


美紅「椿! おはよう」

椿(昨日の……)

美紅「1限目から会えて嬉しい。栢様もおはようございます」

美紅の視線は栢へと移る。

栢「ああ」

万里「おはよう栢。椿ちゃん」

一緒に現れた万里は栢の前の席に自然と座る。椿の前には美紅が腰を下ろした。

椿(この人は栢様って呼ばないんだ。同じ吸血鬼だから?)


栢「お前だな。昨日、椿に変な匂いをつけたのは」

万里「ごめん」

謝ってはいるけれど、全く反省の色を見せない万里。

美紅「わ、私からもきちんと言い聞かせておきます」

美紅が栢に向けて言う。

栢「どっちが主だか」

万里「うちはそういうどっちが上とか下とかないから。栢のところもそうだろう?」

栢「……まぁ。そうだな。お前のところとそう変わらない」

椿(私たちがふたりと変わらない? そんなことないと思うけど。ふたりはとても仲が良さそうに見える)

美紅の頬をつつき怒られる万里。

チャイムが鳴り、授業が始まった。

教師の話に耳を傾ける生徒はほとんどいない。

途中、退席する生徒もいて椿が窓から外を眺めると中庭の木陰で女子生徒の血を吸う吸血鬼がいた。

椿(あ、あんなところでも)

人間の学校とはなにもかもが違う。

授業が終わると先生が「雪平さん。職員室まで来てくれるかしら」と声をかける。

その瞬間、吸血鬼は瞳をギラつかせて、人間は驚いたような瞳で椿を見た。

椿(知られてしまった。私が雪平の人間だって)

視線から逃れたい一心で俯く椿。
そんな椿に美紅が話しかける。

美紅「職員室の場所わかる?」

首を横に振る椿。

美紅「それなら私が案内してあげる。いいですか栢様?」

栢「ああ、構わない」

美紅「ありがとうございます。栢様」

美紅はそう言うと椿の腕を掴み、教室を出た。


椿「ご、ごめんなさい。昨日は雪平の人間だと黙っていて」

深々と頭を下げる椿。

美紅「謝らなくてもいいよ。誰にだって言いたくないことの、ひとつやふたつあるでしょう」

美紅の優しさに廊下の真ん中で涙する椿。

美紅「あーあ、もう。別の意味で目立つよ」

美紅は優しく微笑みながら椿の涙をハンカチで拭った。

廊下を歩く椿と美紅。

椿「私、今まで同世代の子とこうやって話すことがなくて」

美紅「それじゃあ、私が椿の友達第一号だ!」

美紅が顔の横でピースする。

椿「いいの……?」

美紅「なにが?」

椿「私なんかを友達って呼んで」

美紅「え? だめなの。椿ってば自己肯定感低すぎだよー」

椿(知らなかった。学校ってこんなにも楽しいところだったんだ。ずっと憧れていた世界が今、目の前にある)


◯放課後

栢は「大事な用がある」と言って椿に学園内で待つよう指示をする。

学園内をひとりで探索する椿に吸血鬼の男が声をかけてきた。


男(見た目は20歳位)「見ない顔だね。編入生?」

椿「……はい」

男「当たりだ」

男は椿の全身を舐め回すように見ると、舌なめずりをした。

鋭い牙が見えて、ぞくりと震える椿。


男「……はぁ、はぁ、もう我慢できないな」

鼻息を荒くした男が椿へと近づく。

後ずさりをする椿。

万里「おーい。その子のネクタイよく見たほうがいいよ」

椿と男は頭上から聞こえてきた声に顔をあげる。

視線の先には体育倉庫(4メートルほどの高さ)の上に座る万里。

男は椿のネクタイに光るピアスに気づくと「栢様の……!」と言い立ち去った。

机から飛び降りるくらいの感覚で降りてくる万里。

万里「栢は?」

椿「用事があるらしくて」

万里「へー」

腕を頭の後ろで組みながら話す万里。

椿「あの助けていただきありがとうございます。万里……様?」

吸血鬼には様をつけるものだと思った椿。
万里がくすりと笑う。

万里「俺は栢と違って中流階級の吸血鬼だから様なんていらないよ。万里くんって呼んで。あと美紅と話すみたいにタメ口でおーけー」

椿(吸血鬼にもランクが存在するという話は聞いたことがある)

椿「でも年上ですよね?」

万里「あはは、吸血鬼に年の話する? そんなこと言ったら今、生きてる人間全員年下だよ」

椿(……よく笑う人だな)

万里「美紅と友達になったんでしょ? それなら俺とも友達。だから気楽に話して」

椿(一日にふたりも友達ができるなんて。それもひとりは吸血鬼。私がずっと憎んでいた相手)

万里「つーばきちゃーん?」

考え込む椿の顔を覗き込む万里。

椿「あ、えっとはい……! じゃなくて、うん」

万里「栢の代わりに俺が寮まで送るよ。椿ちゃんまた変な男を引き寄せそうだから」

椿「変な男……」

歩きだす椿と万里。

万里「この学園で栢のものに手を出す馬鹿なんて普通いないからね」

椿「そんなにすごい人なの?」

万里「栢は上流階級の中でも1%しかいないレアな存在。あ、レアといえば椿ちゃんもだよね。雪平家でFランの血なんて」

楔学園にきてから、初めて血のランクの話をされて椿の表情が曇る。

万里はまずいことを言ったと思いフォローする。

万里「血のランクなんて気にすることないよ。パートナー制度を除外されてる栢が選んだ人間ってだけでもすごいんだから」

椿「え……?」

パートナーが必要だからと言われて連れてこられた椿は、万里の言葉に驚き歩みを止める。

椿「寮に入るにはパートナーが必要なんじゃ?」


万里「規則ではね。でも、藺月の人間は特別だからルールなんて関係ないんだよ。それに栢はずいぶんと長い間、人間の血を飲まずに生活しているから」

椿(人間の血を飲まない? そういえば、私はここに来てから一度も血を吸われていない)

万里「椿ちゃんには餌とは違う価値があるんだよ。だから自身持って」

椿の背中をバシッと叩く万里。


椿(血を吸うつもりがないなら、どうして私を連れてきたの?)

寮の廊下を歩いていると、正面から歩いてきた栢と鉢合わせする。


栢「お、ナイスタイミング。それじゃあ、俺は自分の部屋に帰るね」

椿「ありがとう。万里くん」

万里は片方の手をひらひらと振りながら、こう言った。

万里「また明日ね。あ、そうだ。学園内ではもう少し危機感を持ったほうがいいよ。芋っぽくても吸血鬼からすればいい餌だから」

椿(今、さらっと嫌みを言われた?)

万里の背中を見ながら首を傾げる椿。

ふたりのやり取りを黙って見ていた栢。


◯ベッドルーム(夜)

ベッドの上でパソコンを見ていた栢。

明日の準備を終えた椿がベッドに乗るとギシリとスプリングが軋む。

パソコンを閉じる栢。

栢「眠りにつく前にひとつ聞きたいことがある」

突然、話しかけられて驚く椿。

椿「な、なんですか」

栢「いつの間に万里と仲良くなったんだ」

椿「へ?」

椿(仲良く……? なったっけ)

栢の言葉にあまりピンとこない椿。

栢「今日、楽しげに話していただろう。万里くんなんて名前で呼びながら」

椿「あれは万里くんが美紅ちゃんの友達なら俺の友達だって言ってくれて」

栢「吸血鬼相手にずいぶんとあっさり心を許すんだな」

椿「……それはっ、」

痛いところをつかれて、黙る椿。

栢「で?」

椿「え?」

栢「あいつと……万里となんの話をしていたんだ」

椿と万里がふたりでなにを話していたのか気にする栢。

椿「か、栢様の話を聞いて」

栢(栢様?)

万里のことは万里くんと呼ぶのに、自分のことは様付けで呼ばれあまり納得がいかない様子の栢。

栢(まぁ、今はいい)

栢「俺の話って?」

椿「万里くんから栢様は長い間、人間の血を飲んでいないと聞きました。どうしてですか?」

栢「必要がなかっただけだ」

椿「必要がなかっただけ?」


栢「食事なんて血液パックやタブレットがあれば十分だからな。……でも、その白い首筋には噛みつきたくなる」

椿の首筋へと手を伸ばした栢が冗談めいた口調で言う。

椿「い、いいですよ。噛んでください」

椿が栢を真っ直ぐ見つめながら言う。

椿の言葉に栢は驚いたような顔をした後、目を逸らした。


栢「俺は人間の血を飲まなくても平気だ。無理をする必要はない」

再びパソコンを開こうとする栢。

椿「無理をしているわけじゃありません。本来はパートナーの役目なんですよね?」

栢「俺は椿にそんなことを求めていない」

椿(それなら私になにを求めているの?)

栢「だけど、」


今まで愛されずに育ってきた椿は一方的に与えられることに慣れていない。

栢の優しさに触れても、血を求められなければ自分に価値はないと思っている椿。

栢は不安げな椿に気づき、血を飲むことが椿を安心させるひとつの手だと思った。

栢「……だけど、椿にそこまで覚悟があるのなら少しだけ味見させてもらおうか」

栢(それで椿が安心するのなら)

椿「は、はい……!」

栢は椿を足の間に座らせて、後ろからパジャマのボタンを3つ開ける。

襟元を開いて首筋に軽いキスをした。

椿の体がびくりと震える。

椿「あ、あの。不味かったら吐き出してくださいね」

両手をおわんのような形にして受け止める覚悟をする椿。


栢「そうやって自分を卑下するのはやめろ」

栢は椿の首筋に噛みつく前に一度、舌を這わせる。


栢「なるべく痛くないようにする」

椿「……は……い」

椿が返事をした後、首筋にちくりと刺すような痛みが走った。

椿はぎゅっと瞼を閉じる。

栢「……平気か」

栢の言葉に振り向くと、月明かりに照らされた栢の瞳がいつもより赤く見えた。

口元を拭う栢。

椿「も、もういいんですか?」

栢「ああ、椿こそ体調に変化はないか」

椿「大丈夫です。ただ体が熱くて」

栢「一時的なものだ。時期に落ち着く」

栢はそう言うと、椿の体を引き寄せて自分の体へともたれさせた。

椿「栢様は気分が悪くなっていませんか?」

オレンジジュースに混ぜたときとは違い、血だけを飲んだ栢の反応が気になる椿。

栢「いいや。また欲しくなりそうで怖い」

栢(……だから、我慢していたんだ)

椿「我慢しないでください。私は栢様のパートナーなんです……から……」

突然、睡魔に襲われて栢の腕の中で眠りにつく椿。

栢は椿の額にキスをする。


椿(このときの私はまだ知らなかった。私の血が栢様に及ぼす影響のことを。私が栢様の命を奪うことになるなんて──)