「ちょっと来いよ」


 圭吾が俺の腕をつかんだ。


「おい……何なんだよ」

「いいから来い」


 力ずくで外に引き出そうとする圭吾の腕を振り払った俺は、


「どうしたって言うんだよ」


 扉の外で身体を張る圭吾に問いかけた。

 圭吾の目が、俺の後ろにいる小川さんの姿をとらえた。

 何かを言いかけて口を開いた圭吾は、けれど思い直したように声を呑み、それから静かに俺を見た。


「下に車待たせてあるんだ」

「車?」

「とりあえず来てくれないか」

「……どこに」

「来ればわかる。下で待ってるから。来いよ」

「おい、圭吾」


 返事を待たずに圭吾は階段を下りていってしまった。

 慌ててあとを追い、階段下を覗き込むとハザードをたいたタクシーが止まっているのが見えた。


「藤本くん?」


 部屋に戻った俺に、小川さんが心配そうに声をかける。


「あの人……誰?」

「友達です」

「友達?」

「はい」


 小川さんは立ち尽くす俺を見上げている。

 
「行ったほうがいいんじゃない?」

「……でも、一体何なのか」

「待ってるって言ってたし、きっと重要なことなんじゃないかな」

「……」


 私もついていくから……、心配する小川さんの手が背中に触れる。

 俺は彼女に促されながら軽く支度をし、部屋を出て圭吾の待つタクシーに乗り込んだ。


 小川さんの姿を見た圭吾は一瞬だけ渋い顔をしたけれど、腰を浮かせて席を作った。