右頬に軽い衝撃。
「陽、嫉妬だかなんだか知らないけど
それは愚行よ」
透き通る冷めた声が突き刺さる。

「あなたは執事。私情を持ち込まないで。
私が今ここで言えばあなたをクビにすることだって
できる。でもあなたをこんなことででクビにするのは惜しいから今回は目をつぶる。
なにか言い訳はあるかしら」

(俺の好感度は下がったな。
なにしてんだろう、俺)
片膝をついてしゃがみ胸に手を当てる。
「私の愚かな行為を黙認してくださること、
深く感謝致します。
執事としてあるまじき感情を向け、
狂態を演じたこと、心よりお詫び申し上げます」

「下がりなさい」
「失礼します」

陽が部屋を出たのを確認して、深く息を吐いた。
「び、びっくりした〜」
早鐘を打つように高鳴る胸を押さえて、
ベットに飛び込む。
(あのままだったらキスしてたのかな)

抱きしめられた時はつい動揺して突き放した。
(薫にはそんなことなかったのに)
あの時の陽か躍起になってたのは明らか。
そんな状態でキスなんて絶対に嫌。 

それに強引に、なんて陽が後からものすごく
後悔させそう。
「思いっきり引っ叩いちゃった、ごめん陽」

「なにやったんだろう、俺」
お嬢様の言う通り嫉妬した。薫さんに。
冷静に考えたら普通にセクハラだ。
寛容なお嬢様じゃなかったら間違いなくクビ。

いや、クビどころじゃない。下手したら訴えられる。
恋愛感情のない男からのキスなんて恐怖で
しかないのに。
「最低だな」

ー翌日ー
いつもの時間にお嬢様を起こす。
「おはよう、陽」
「おはようございます、お嬢様」

髪のセット、首に僅かに手が触れてしまった。
そしてあからさまに頭を動かした。
(やっぱり避けてる)

「今日は青いリボンのやつがいいな」
「かしこまりました」
珍しいお嬢様からのリクエスト。
いつも以上に気をつけてバレッタをつける。

「ごめん、陽」
「え、」
「昨日、思いっきり叩いちゃった。
痛かったでしょ?」
「いえ、俺のしたことに比べたらぜんぜん・・・
ごめんなさい、渚さん。昨日の俺はどうかしてた。
未遂とはいえ、怖がらせたよね」
「もういいよ、言ったでしょ?目を瞑るって」
「でも」

「じゃあどうしたらいいの?
私はいいって言ってるのに陽は無理って。
どうしたら陽は満足するの?
もしかしてクビになることがお望み?」
鏡に映るお嬢様はひどく面倒くさそう。

「いえ、決してそんなことは」
「なら今まで以上に誠心誠意仕えなさい。
これでこの話は終わり」
「・・・はい、お嬢様」
これ以上言ったら本気でクビになりそうだから
飲み込んだ。