ハイキングの帰り道、フィールドスコープを拾った。
バードウォッチングなんかに使う奴だ。
入山所に届けようと思い、自分の首に掛けると、ふいに覗いてみようという気になった。
足を止めて、鳥の鳴き声のする方を見る。
不慣れで鳥の姿は見つからないが、涼し気な水の流れを見ていたら、それだけで暑さを忘れた。
沢まで降りられないだろうか。
おあつらえ向きに小道がある。
レンズごしの景色を眺めながら下った。
沢につくと気温が一気に下がった。
太陽にちょうど雲が差し掛かったのか、日は陰り、さっきまでの暑さが嘘のようだ。
こんなに涼しいのに誰もいない。
あの小道に気がつかず、皆ここへ降りられることを知らないのだろう。
いい穴場を見つけた。
腰をかけて水筒の茶を飲んでいると、ふと隣に編み笠を被った渡し船の船頭のような男が立っていた。
「お待たせしやした。もう舟は出せますぜ」
「えっ、舟?」
見ると沢が、対岸が見えないくらいの川になっていた。
しかも和船が一艘止まっている。
「な、なんで……」
「六文になりやす」
「は?」
「三途の川の渡し賃は、昔っから六文と決まっておりやす」
まさかと思った。
辺りは一面薄暗く霧がかっている。
さっきまで涼しいと思っていた空気も今はもう寒いくらいだ。
本能的に、舟には絶対に乗ってはいけないと感じた。
「もしかすると、間違えてここへ来なすったようですね」
「そのようです。どうしたら帰れるんでしょうか?」
船頭はじっと見て、フィールドスコープを指した。
「そいつは旦那のもんじゃありやせんね?」
「落とし物を届けようと思って拾いました」
「そいつを覗いちまったのでは?」
「はい」
「それでこっちの世界が見えちまったんでさぁ。
そいつはここへ置いていった方がよさそうですぜ。
帰り道はあすこですが、知ってる道に出るまでは振り返っちゃいけませんぜ」
言われた通りに、フィールドスコープをその場に残し、振り返らずに道を進む。
次第に辺りが明るくなり、登山客が見え始めてようやく息がつけた。
昔はよく、行きはよいよい帰りは恐い、と言った。
無事帰りつくまでは決して気を緩めてはいけない。
魔物は帰り道で足を掬おうと待ち構えている。……