「乗客の皆様、落ち着いて酸素マスクをお付け下さい」

もう終わりだ、と思った。

空港まであと少しだというのに、エンジントラブルで機体が急降下している。

周りの乗客達は悲鳴を上げ、子供は泣き、誰も彼もが取り乱している。

窓の外では我関せずとばかりに星が輝いていた。

どうせ死ぬなら綺麗な物を見て死にたい。

酸素マスクをそっちのけにして、窓に張り付いた。

北極星が見える。

子供の頃キャンプで教わった。

遭難したとき、あの星を見つけることさえできれば家に帰れると。

山と空とでは大違いだろうが、なぜか自分は家に帰れる、そう思った。

機内の緊急アナウンスからわずか二十分後、機体は夜の海に墜落した。

私を含めた数百名が爆風と共に海に投げ出された。



気がつくと、夜空の中を歩いていた。

私は宮沢賢治が好きだ。

賢治の世界のような幻想的で不思議な夜だった。

死んだのだなと、とっさに理解した。

足元にはキラキラとした砂粒のような光が輝いている。

ふいに前を見ると、強い光を放つ星がはっきりと見えた。

北極星だ。

あそこへ行こう。

そうすれば、家に帰れる気がする。

私の帰りを待つ二人の娘。

妻の温かい手料理。

金持ちにも偉人にもなれなかったが、家に帰れば家族がいた。

他愛もない日常の風景。

たった今わかった。

あれこそが私の北極星だったのだ。

気づいたら家の前に立っていた。

リビングでは妻と娘達がテレビやスマホを見ながらいつもように寛いでいる。

おいおい、スマホと目が近すぎるぞ。いつも言ってるだろ。

まったく、夕食後のそのプリンが太るんだってわかっているだろうに。

声をかけたが、妻も二人の娘も気がつかない。

もう同じ世界にはいないからだと気がついた。

その時、窓の外から光が差し込んできた。

ベランダに出るとそこには、銀河鉄道の汽車が停車していた。

車体がスターダストのようなきらめきで包まれている。

これに乗って来たところへ帰るのだなと、ふいに理解した。



「それじゃあな。……元気でな」



妻と娘たちに声をかけて、汽車に乗り込んだ。

汽車は星屑のレールの上を滑るようにして走っていく。

ポッポー、と心地いい汽笛が鳴った。

銀河鉄道は今、星のかえりみちを進んでいる。