眼鏡がおかしい。
出先でレンズを割ってしまい、飛び込んだ店で出来合いの眼鏡を買った。
以来、変なものが見える。
御札だ。
人の背中に御札が見える。
家族友達、街の老若男女がもれなく全員付けている。
戸惑いながらも、新しい眼鏡ができるまでの辛抱だと思っていたある日。
目の前を若い母親とその子が歩いていた。
子の背中から御札がひらひらと風に飛ばされそうになっている。
「取れそうですよ」
えっ、と母親が振り向いて子の背中や足に触れて確かめた。
何もないとわかると、怪訝そうに僕を見た。
言わなきゃよかった。
でも、触れたせいなのかどうか、御札は子の背中にぴったりと張り付いていた。
次の瞬間、暴走車が突然親子めがけて突っ込んだ!
駆け寄ると、タイヤ痕は子の脇すれすれのところでカーブしていた。
子は無傷だった。
日をあけず同じ様な事があった。
混み合う駅のホームで前を行く男性の背中から、ひらりと御札が落ちた。
先日の事が頭に浮かび、御札を拾って慌てて追いかけたが、見失ってしまった。
手元に残った御札。
妙だ。
漢字が読めないのはいつもの事だが、何か違う。
黒墨の草書体に加えて、朱墨で妙な印が書いてあった。
やけに物々しい感じがするが、早く男性に返さなければ。
そう思いながら改札を出ると肩を叩かれた。
見ると眼鏡を買った店の店員さんだった。
大正ロマン風の美人だったのですぐにわかった。
「先日お渡しした眼鏡を返して頂けないでしょうか?」
聞くと手違いで注文品を渡してしまったらしく、代わりにと別の眼鏡を持って来ていた。
返さないわけにはいかないだろうと、眼鏡を交換する。
「それもお預かりしますね」
持っていた御札を店員さんが素早くつまみ取った。
「あの、それ……」
「持っていてもいい事はありませんよ、
呪いは」
店員さんは背を向けて、あっと言う間に人波に消えた。
不思議に思っていると、ドンという鈍い音がして近くの交差点から悲鳴が上がった。
人だかりの方を見ると、事故だった。
御札を落とした男性だった。
後で知ったが、即死だったそうだ。
以来、御札は二度と見ていない。
でも僕は時々、大事な人の背中を撫でる様にしている。
その人を守れる気がするから。