「まぁまぁ、そんな急がなくてもいいだろ?」

北斗はマイの手首を掴んだ。

そして、近くの壁に少々穏やかではない壁ドンをした。

「あのさ、マイ。僕はまだあの話諦めてないんだよ?」

北斗がマイを見る。
マイも北斗を見る。
二人の視線が、今初めて交わった。

「話……?」

笑みを浮かべる北斗とは対照的に、マイは首を傾げた。

「ひどいなーマイ。もう忘れちゃったの?」

北斗はマイの右頬に触れた。

「……まぁ、そんな君も愛らしいのだけど」

マイは無表情にその手を払いのける。

「無駄な話はいらないの。あの話ってなんなの?」

「ごめんごめん」と北斗は人差し指を立てる。

「話ってのはあのことだよ」

そして、満面の笑みを浮かべる。

「キミと僕の婚約の話さっ!」

その言葉にマイはドン引きした。

「顔!」と北斗が突っ込む。

「婚約……。またその話か。北斗……」

マイは呆れたように口を開く。

「アンタ、この話何回目か覚えてんの?」

「覚えてるさ。128回目だろ?」

「えぇ、それで? 私はその話全部断ってきたわよね? まだ懲りないの?」

マイは腕を組んだ。

「マイ……。僕がどれだけ君を愛してると思ってるの? 何回断られても諦めないよ」

「つまりYesかはいしか選択肢がないじゃない。とにかく……」

マイは一歩踏み出す。

「早く諦めることね」

にっこり笑った北斗は少し間をおいて言った。

「宝が手に入る」

マイは一瞬だが、ピクリと反応した。

「それでも?」

立ち止まったマイはくるりと振り向く。

そして、柔らかい笑みを浮かべ、

「えぇ」

と言うと、そのまま去っていった。

「あぁ……」

その後ろ姿を眺めながら恍惚とした表情で北斗が呟いた。

「これだから諦められないんだ」