リシェルはジェシーが警護についている時間を見計らって、王太子カイトにルーナに聞いたゲイツ侯爵家とテイラー伯爵家のことを伝えた。領地の地震の後片付けを終えて帰宅した父にも、以前のテイラー伯爵家について話を聞き、参考になりそうなことを付け加えておいた。
 カイトは執務机ではなく、応接セットのソファに腕組みをして座っている。リシェルはその向かいに座り、ジェシーは仕事中なので立ったまま聞いていた。
「その両家の境界線についての契約書に不正があるかもしれない、という事だな。」
カイトに問われ、リシェルが頷く。
「テイラー伯爵は契約書の存在を夫人の死後に知らされました。サインしたのは夫人だという事ですが、いつ、どこでサインしたのかは知らなかったそうです。」
「その夫人は亡くなっている、と。」
「はい。馬車の事故で。」
「それも怪しいな。」
ジェシーが口を挟んできた。
「え?」
「事故に見せかけて、って事も考えられる。」
「そんな……。」
事故ではないと知ったらルーナが悲しむだろうとリシェルは眉間に皺がよる。

「……ちょっと夜会を開こうかな。」
「は??」
突然、カイトが斜め上の話をし始めた。
「出会いの場を作らないとね。」
リシェルは訳がわからない。
「それは良いですね。」
ジェシーも賛同しているが、リシェルはちんぷんかんぷんである。
 ソファから執務机に戻ったカイトは、スラスラとペンを走らせる。折りたたんで簡単に封蝋をすると、リシェルにおつかいを頼んだ。
「これを陛下の宰相殿に。」
「わ、わかりました。」
リシェルは疑問符を頭の上に浮かべたまま、ジェシーと共に王太子執務室を出て、本宮殿へと向かっていった。