それを聞いたアイリスは胸の前でぎゅっと手を握った。

「ありがとうございます! なんてお礼を言えば──」
「お礼はいらないわ」
「でも──」
「うーん。じゃあ、このお屋敷やラフォン領のことを色々教えてくれる?」
「え? そんなことでいいのですか?」

 アイリスは目をぱちぱちと瞬かせる。

「いいの。頼りにしているわ」

 リーゼロッテは笑顔でそう告げると、アイリスは「頑張ります!」とようやく笑顔を見せた。
 彼らの背中を見送くると、リーゼロッテはまた部屋にひとりきりになる。

(警戒されていると思ったけど、大丈夫そうかしら?)

 先ほどのアイリスの様子を思い返す。

 最初の挨拶のときのこわばった表情から判断するに、きっとリーゼロッテの悪評を知っており怖がられているのだろう。完全に打ち解けるまでにはまだ時間がかかりそうだが、思ったよりも素直で純粋そうな子で正直ほっとした。
 ライラが帰ってしまったら、頼りにできるのは彼女しかいなくなってしまうわけだから。

(それにしても……晩餐はまだかしら?)

 時計を見ると、既に夜の八時近い。テオドールはもう帰って来るから食事もすぐ用意できるような口ぶりだったのに、もうあれから二時間以上経っている。