父であるオーバン公爵を見つめ、リーゼロッテは眉根を寄せる。

「お父様、今なんと?」
「お前に縁談だ。相手はラフォン辺境伯のテオドール=ラフォン殿。彼と家格の合う年頃の令嬢がおらず二十五歳になった今も婚約者すらいない。王室より、是非リーゼロッテをと」

 リーゼロッテの視線の先にいるオーバン公爵は思い通りにいかない状況に苛立ちを感じているようで、きっちりと整った髪の毛を片手でぐしゃりと搔きむしる。

「わたくしはイラリア王女殿下に断罪された悪女のはずですが? そんな女を推してよろしいのですか?」

 リーゼロッテは皮肉たっぷりに聞き返す。一体どういうつもりで、こんな縁談を持ってきたのか。

「貴族の縁談で一番重要なのは家格の釣り合いだ。もしお前がこれを受け入れるのなら、先の一件は一切責任を問わないと」
「……つまり、縁談という名の命令ですわね?」

 リーゼロッテはふっと自嘲的に笑う。

 どおりで公爵である父がどんなに申し入れても、婚約破棄が覆らなかったはずだ。最初からこうするつもりだったのだろう。

 ラフォン辺境伯。彼の名を知らないものなど、イスタールの貴族にはまずいないだろう。貴族どころか、平民も多くが知っている。
 広大な北の大地を治めるラフォン辺境伯家の当主にして、世界最強の幻獣騎士と言われている。

 それに、彼が有名である理由はもうひとつあった。

「よりによって、血に塗られた辺境伯が相手とは……」

 オーバン公爵は深いため息を吐く。