(血に塗られた辺境伯に、殺されてしまうかもしれないわね)

 リーゼロッテを物理的にアドルフから隔離することができるだけでなく、あわよくばこの世から存在そのものを消し去ることができるかもしれない。
 そう思うと、愉快でたまらなかった。

 ◇ ◇ ◇

 人の噂話、こと悪い噂は会話を楽しむ上での最高のスパイスだ。
 リーゼロッテが嫉妬に駆られて悪事をしでかしアドルフから婚約破棄されたという噂は、ほんの数日で社交界に広がった。さらに悪いことに、尾ひれ背びれまでついて今や手に負えない状態だ。

「わたくし、絶対に納得できません!」

 ハンカチを引きちぎりそうな勢いで立腹しているのはリーゼロッテのふたつ下の妹、シャーロットだ。

 赤みのある金髪に大きな釣り目のリーゼロッテがきつい印象を持たれるのとは対照的に、シャーロットは淡いピンク色の髪に柔らかな目元をしており優しい印象を抱く人が多い。けれど、芯は強く曲がったことは大嫌いな頑固な性格をしている。

「わたくし、やっぱり抗議してまいります。オスカー様にお伝えして協力していただけば──」
「止めなさい。お父様が既に抗議したのにだめだったのよ? あなた達まで王室から睨まれたら大変だわ」

 リーゼロッテはいきり立つシャーロットを宥める。オスカーとはシャーロットの婚約者のことで、政務局で働く将来有望な文官だ。