いくら王女といえ、リーゼロッテとの婚約を破棄してあんな女を選ぶとは。
 テオドールからしたら理解不能だ。だが、アドルフがその愚かな選択をしてくれたおかげでテオドールはリーゼロッテと結婚した。その点だけは感謝している。

(あと一日か。何もなければいいが)

 なんとなく感じる嫌な予感を拭い去るように、テオドールは眠るリーゼロッテの額に触れるだけのキスをした。

   ◇ ◇ ◇

 今日はイラリアがラフォン領で一日過ごす最後の日だ。

「リーゼロッテ。すまない」
「いいえ、大丈夫です。こちらは任せて、行ってらっしゃいませ」

 心配そうに見つめてくるテオドールを見上げ、リーゼロッテはにこりと微笑む。やむを得ない事情で出かける彼に心配を掛けたくなかったのだ。

 昨日までの予定では、今日はテオドールも一緒にイラリアをラフォン領の景勝地に案内する予定だった。しかし、早朝に東部で大規模な山火事が発生したという情報があり、急遽状況を確認しに行くことになったのだ。

 そのため、イラリアの相手はリーゼロッテがひとりですることになった。
 元は公爵家の女主人となるべく教育を受けてきたリーゼロッテは一通りのお客様をもてなすスキルを持ち合わせているつもりだった。しかし、イラリアの気まぐれはリーゼロッテの想定範囲を超えており、毎日のようにイレギュラー対応が発生してしまう。

(でも、頑張らないと)

 リーゼロッテは自分を叱咤する。

「テオドール様も気を付けてくださいませ」
「ああ、ありがとう」

 テオドールはリーゼロッテの頬に触れるだけのキスをした。