結局、テオドールとイラリア達が屋敷に戻ってきたのはすっかり夜も更けた頃だった。

 既に予定していた晩餐の時刻を過ぎていたので、リーゼロッテはダイニングルームへと向かう。少し開いたドア越しに見える長テーブルに、テオドールが座っているのが見えた。

 リーゼロッテはパッと表情を明るくする。

「旦那──」

 旦那様、とテオドールを呼ぼうとしたリーゼロッテの声は、「テオドール様」という甘えた声にかき消された。すぐ背後からやってきたイラリアが、リーゼロッテの隣をすり抜けてテオドールの元に駆け寄る。

「お待たせしたかしら?」
「いえ、大丈夫です。こちらにどうぞ」

 テオドールが毎回イラリアを座らせている上座へと彼女を促す。すると、イラリアはどこか不満そうな顔をした。

「今日はテオドール様とたくさんお話ししたいから、ここがいいわ」

 イラリアが指さしたのはテオドールの隣、昨日までリーゼロッテが座っていた席だ。

「そちらは妻が座るので──」
「あら、いいじゃない。ねえ、変わってくれるでしょうリーゼロッテ様?」

 リーゼロッテのほうを振り返ったイラリアはにこっと笑う。否。顔は笑っているのに、目が笑っていなかった。視線でリーゼロッテに「ここを譲れ」と命令しているのは明らかだ。

「もち……ろんです」

 返事をする声がかすれてしまう。
 否が応でも、アドルフを権力の力でリーゼロッテから奪い取った過去が蘇った。