「旦那様が丁重にお断りしてくださったからよかったものの──」

 リーゼロッテはそのときのやり取りを思い出して暗鬱な気持ちになる。
 イラリアはテオドールのことはともかく、リーゼロッテのことは完全に下に見ているのが明らかだった。

 昨日も以前から準備していた工場や工房をリーゼロッテが案内して回ったのだが、『つまらない』と言い出して早々に切り上げてしまった。そしてどこに行くのかと思えば、幻獣騎士団に模擬試合をさせてそれを観戦して喜んでいた。

「せっかく皆様が一生懸命準備してくださったのに」

 段取りを組んでくれた商工会の会長、入念な準備をしてくれた工場長やそこで働く人たちのことを思うといたたまれなくなる。道路だって、イラリアが通る経路は紙屑ひとつ落ちていないように徹底的に清掃してちょうど咲頃が被るように花を飾ったのだ。

「でも、リーゼロッテ様の努力の甲斐あってイラリア殿下の機嫌を損ねたりはしておりませんわ。最終日は朝出発なので、あと二日でおしまいですよ」

 アイリスが紅茶を淹れて、励ましてくれる。

「そうよね、あと二日よね」

 リーゼロッテはぱちんと自分の頬を叩く。

(しっかりしなくっちゃ)

 窓の外を見ると、そろそろ暗くなってきていた。

「旦那様、遅いな」

 リーゼロッテは誰に言うでもなく独り言つ。
 今日は、本当はラフォン領の婦人会に案内して、この地域の伝統的な織物などを体験してもらう予定だったのだが、イラリアがルカードに乗りたいと言い張って急遽予定が変わった。

 ルカードと言えば、〈誰があんな化粧くさい女を乗せるか!〉と唸り声をあげるので、宥めるのがとても大変だった。どうかイラリアの目の前では暴言を吐かないでほしいと願うばかりだ。