──またとない良縁。

 そんな言葉では表しきれないほどの素晴らしき縁談だ。なぜなら、この縁談を受ければもれなくオーバン公爵家の当主になることが約束される。この国の五大公爵家の当主に。

 そこからはトントン拍子に話が進んだ。アドルフはオーバン公爵家の長女であるリーゼロッテの婚約者となり、〝次期オーバン公爵〟となったのだ。

 婚約期間中、アドルフはリーゼロッテの気を害さないように細心の注意を払った。
 定期的に屋敷を訪問し、花や菓子など負担にならないちょっとした贈り物を贈る。たまにリーゼロッテのことを誘い、デートに連れ出したりもしたし、たくさんいた遊び相手の女は特に口の固い者だけに限定し、残りは関係を清算した。

 そんなアドルフにとって、リーゼロッテは一言で言うと〝模範的な淑女〟だった。それこそ、模範的すぎるほどに。
 暇があれば領地経営のために勉強しており、行きたい場所と言えば庭園や図書館などばかり。男女の関係も教科書通りで、ふたりでいるときは必ずドアを少し開けており進めようがない。

 彼女は美しく、模範的な淑女だ。だが、つまらない。


 転機がやって来たのは、リーゼロッテとの結婚まで一年を切った頃だった。幻獣騎士団から近衛騎士団へ異動を命じられたのだ。
 近衛騎士団は王族の側で彼らを守る騎士団であり、その多くが高位貴族出身者で構成されている。幻獣騎士団と双璧を成す、エリート騎士団だ。

 この異動に関して、異論はなかった。むしろ、大歓迎だ。
 近衛騎士団にいれば、王族と行動を共にする。つまり、高位貴族の有力者たちと会う機会が必然的に増えて、人脈が広がる。将来オーバン公爵になるに当たっては、好都合だ。

 アドルフが仕えたイラリアは、自由奔放で我儘な王女だった。
 だが、彼女の言うことさえ聞いておけば機嫌はよく、扱いやすい女だ。望まれるままに甘い言葉を囁けば、彼女はたちまち恍惚の表情を浮かべる。