今起こったことは、現実だろうか。香澄と別れ、樹里は忙しく考え続ける。来春には生まれる、と香澄は言っていた。妊娠のことは、詳しいとは言えない。友人たちのことを思い浮かべるも、知っているのはお腹が大きくなってから。今はどんな時期かも想像が付かない。

 夏休み明けの一番怠い一週間を切り抜けて、心地良い酒を飲みたかったのに。到底そんな気分になれそうにない。


「千裕、何考えてるんだろ」


 交際して六年。互いに三十代後半になった。このネックレスを貰った時に、ようやく一歩進んだ気がしていたのに。この夏休みだって、指輪はどんなのにしようか、と話したばかり。あれは、一体どういうつもりで言ったのか。香澄の話が本当ならば、千裕は浮気をしていることになる。そして、あの話を聞かされている。そんな素振り、あったか。樹里は疑心暗鬼に陥っていく。香澄からの電話なんて出なければ良かった。今更したって遅い後悔が、どんどんと湧いて来る。仲良くもない元同期が、連絡を寄越した。真面目に、過去の仕事の問い合わせだろう、と思ってしまった。辞めて何年も経つのだから、有り得ない話なのに。気怠さを誤魔化して、シャンとして電話を受けた。そんな数時間前の自分を、今は投げ飛ばしたい。しかし、電話に出なかったとしても、香澄の言う現実は変わらない。樹里はまた溜息を吐いた。

 あの子の中に、千裕の子供がいる。考えたくもないが、考えなければいけない。頭がクラクラするような話だ。香澄も、今年で三十七歳。年齢を考えたら、産みたいと思う気持ちを理解できなくもない。夢を見ているのではない。現実がそう考えさせるのだ。樹里だって、今妊娠したら同じように考えると思う。ある程度年齢を重ねたからだろうか。怒りよりも女としての同情が、少しだけ勝っている気がしていた。