「平野くん。今日は、金曜日ね。この後予定ある?」
「ないっすよ。どうせ家に帰って、両親とご飯を食べるだけです」


 そう言うと大樹が剥れた。彼が実家暮らしだと知ったのは、最近のことだ。都内なので不便はないらしいが、流石に三十近くなると、家を出ようかと考えるらしい。樹里が昼休みに部屋探しをしていれば、一緒になって探したりする。こういう部屋に住みたいとか、憧れはあるようだ。


「お母さんのご飯、キャンセルできる? 飲みに行こうか」
「いいですよ」
「朱莉、誘ってみるから」
「は、はいっ」


 分かりやすい反応の変化に、樹里は耐えられず声を上げて笑った。当然大樹はまた剥れたが、これは仕返しのようなものだ。それに、協力するといった恋のサポートを、何一つしてあげていない。それがずっと引っ掛かっていた。チャンスが訪れないならば、もう作り出すまで。最近朱莉に会えていないから、いい機会でもあった。


『お疲れ。仕事どう?』
『これから人畜無害な後輩連れて飲みに行くんだけど、朱莉も来ない?』
『最近会えてないからさぁ』


 そうササッとメッセージを送った。あれこれ付け加えると、朱莉は疑うだろう。人畜無害とまで言わなくても良かったが、酔って誘って来るような男ではないことは主張しておきたかった。少し緊張をし始めた可愛い部下のために。

 そんな大樹を見ていると、良いことをしている気になってしまう。金曜日だからと二人を誘い出し、ずっとしてあげられなかった恋の応援をする。一生懸命に頑張っている部下のために、と。だが、そんな表向きの理由に違和感を覚えないわけではない。樹里だって気付いているのだ。本当は違う、と。この間のちょっとだけ跳ねた心を、否定したい。周りがなんと言おうと、あれは恋の始まりなんかじゃない。そう思いたいのだ。仕事に集中したい今は、他人の恋に誤魔化されていたい。