「今日は、蕎麦屋がだいぶ良かったですね」
「そうね。出汁がしっかり効いてて、おうどんに掛けてもいいよね」
「そうですね。最近は、そっち系が増えましたねぇ。もうお蕎麦屋さんのカレーで絞っても良さそうですよね」


 大樹と試食に出て、二人でタブレットと睨めっこをしている。プロジェクトは、『専門店以外のカレー』に着眼点を置き始めた。専門店は、既に色々雑誌に上げられていたりしている。隠れた名店の味を出すこの企画には、適した視点だった。

 今日の当たりは、ホームページを持たないような昔ながらの蕎麦屋。ウリは当然蕎麦なのだが、口コミには「カレー南蛮のカレーが美味い」と多く書かれていた。蕎麦を食べた後に、ご飯を投入する人もあるのだとか。レトルトにすると、どうなるか。どんなパッケージが合うか。樹里は頭の中で、色々と計算をしていた。


「そういえば、樹里さん。最近いいことありました?」
「え? 何もないわよ」
「そうですか。何だか明るくなったというか、コレが減ったと思って」

 大樹は人差し指を眉間に当てた。樹里もつられて、自分の眉間に触れる。まぁ確かに、顰め面は減ったかも知れない。だがそれは、プロジェクトの方向性が定まってきたからであって、彼の言うようないいこと(・・・・)があったわけではない。心が躍るようなこともなければ、恋人ができたわけでもないのだ。何もない。そうバッサリ切り捨てようとして、フッと斎藤の笑顔が浮かんだ。