「あの……一緒に、お散歩に行ってもいいですか」


樹里は悩み、思い切ってそう言った。もうそれしか思いつかなかったのだ。


「え? あ、いや。大丈夫ですよ。抱えてでも行きますから」


目を丸くした彼は、いやいや、と断った。それはそうだ。よく知りもしない女と散歩になど行けるか。急に恥ずかしくなった。ブンタのことを見ていたら、一緒に行けばいいのではと安易に考えてしまったが、そもそも幸せな家庭のお父さんに提案することではない。しかも住んでいるマンションの入口で。青褪めた樹里は、勢いよく「ごめんなさい」と頭を下げた。


「よその旦那様にする提案ではありませんでした。すみません。私の方こそ。奥様に申し訳ないです」
「え? 旦那様……奥様?」
「え?」


 二人のぶつかり合った視線は、パチパチと二度瞬いた。可笑しなことは言っていない。それなのに彼は、まるでそれを飲み込めないようだった。