「朱莉のことが好きかぁ」

 電車を降りてフラフラと歩きながら、大樹の話を思い出して、ふふふッと口元が緩んだ。ちょっと嬉しい。でも、知られてはいけない。そんな緊張感があって、重大な任務を授かった気がしている。

 大樹は、結果として酒が強くなかった。けれど偉いのは、あの一杯で飲むのを止めたこと。帰れなくなったら困るから、と。千裕とは大違いだ、と思った。樹里の中で、この六年は色濃い。こうして、ふと思い出してはハッとする。好きだとか、そういう感情で思い出すのではない。習慣なのだ。生活の一部だった彼を消し去るのには、きっと時間がかかるのだろう。無意識に思い出すあの笑顔を、毎回首を大きく振って消し去っている。だがそれが消えても、どうしてもあの曲は耳の奥にこびり付いていた。


「ジングル……ベール」


 視線は空を漂う。身を右に左に振りながら、ぼんやりと昼間の千裕を思い出した。

 彼の左手には、指輪がはめられていた。きっと、香澄と結婚をしたのだろう。子供ができたのだから、色んなことをすっ飛ばしていたって仕方ない。式なんかしなくとも、届を出してしまえば夫婦にはなれる。別れた男のことだ。それはもう、関係ない。分かっている、分かっているのに。ようやく進んだと思った樹里の一歩。結婚の数歩手前までしか行けなかったけれど、六年掛かった。それを子供というのは一瞬で越えていった。仕方のないことだけれど、何だか虚しかった。

 樹里は顔を上げる。今夜は月が綺麗だ。