週末は、約束通り朱莉と映画を観に出掛けた。笑ったり、驚いたりと忙しそうな彼女の隣で、登場人物の名前を覚えるのに四苦八苦した樹里。実際はどうか知らないが、ヤクザの名前は難しい。敵か味方かの区別がすぐに付かず、皆同じように見えて大変だった。それを朱莉は笑い、樹里は剥れ、仕舞いに二人で腹を抱える。そんな風にカッコつけずに付き合える関係が、とても心地が良いのだ。学生時代に戻ったようで、久しぶりに自分自身を取り戻した気がしていた。

 そうやってリフレッシュし仕事に打ち込んでいるが、相変わらず店か決まらない。今日は大樹を連れ、店舗巡りをしている。チームメンバーや社内のクチコミが参考に上がって来るが、やはり実際に食べてみないことには分からない。ミーティングの合間を縫って、こうしてちょこちょこ出掛けているのである。


「平野くん、どうだった?」
「そうですね。商品にしたら、トマトの酸味が強過ぎるかなと思いました」
「あぁうん。確かに。商品化したら、酸味が勝っちゃうか」
「ですね。もう少しマイルドで、塩味の立ってる物の方が良いかなと」


 的確な意見だと思った。樹里は少し驚いている。大樹と試食に出たのは、今日が初めてだ。いつもの頼りない彼しか知らなかったが、評価がこんなにもしっかりしているとは思わなかった。


「平野くん、味覚センサー高いね」
「そうですか」
「うん。じゃあ、今日のミートソース。平野くんなら、何を足す?」
「そうですね。もう少しトマトの水分を飛ばして、蜂蜜ですかね。でも一番は、トマトの種類を変えたい」
「なるほど。平野くん、とっても敏感に味を察してるね」

 素直に褒めると、驚いた顔見せた大樹は、嬉しそうに表情を崩した。ありがとうございます、と答える顔がニマニマしている。それが何だか可笑しくて、可愛らしい。