『千裕、明日会える?』

 たったそれだけの文章を打つのに、とてつもない時間がかかった気がする。送信をタップしようとする指が震えていた。これを触れば、もう事態は進んでしまうのだ。後戻りは出来ない。ゴクリと唾を飲み込む音が、樹里の中に響いた。明日は、いつも通り会うだけ。いつもよりもちょっとだけ、彼を観察する。朱莉じゃないけれど、はぐらかされるわけにはいかないから。もう時間はない。千裕との六年が消えたっていい。きっとそう思っていなければ、大事なことは見えないのだろう。

 樹里は覚悟を決めて、送信をタップした。大きく深呼吸をしてみる。意味などない。ただ内に籠もった黒いものを吐き出せるような気がしたからだ。鞄にしまおうとした携帯が震える。心が、ピリリと信号を鳴らした。

『本当?』
『明日で仕事は大丈夫?』

いつものようにこちらを気遣うメッセージ。千裕らしいと思うのに、胸が酷く疼いた。彼が嘘を吐いていないのならば、明日は何てことない一日になるだけだ。ケラケラ笑いながら、楽しく指輪の話でもすればいい。それだけじゃないか。