「あ、あった……」
「ありましたね。何だか、感慨深いです」
「わぁ、わぁ。どうしよう。買って帰ろうかな」
「自分で作れるのに? 記念にですか」
「そう。笑っちゃうけど」
「じゃあ、私も買って帰ろう。斎藤さんのカレーが食べたくなったら、これでいつでも食べられますもんね」


 二人でそこに手を伸ばす。『新発売』のポップがユラユラと揺れ、パッケージであの不細工な象が笑っていた。実家にも送ろう。いや、すぐに盆休みだ。私が担当した商品だよ、と持って行けばいい。あんなに憂鬱だった帰省も、少しだけ楽しみに思える。隣で斎藤は、嬉しそうなニヤ付きを浮かべたままその棚を見ていた。今沸き起こっている感覚は、樹里とはまた違うのだろう。プロジェクトのコンセプトに合っていた彼のカレー。それを勧める自信はあったし、彼の料理をもっと知って欲しいと思っていた。もしかしたら、これがヒロミとの結婚の後押しをしてしまうかも知れない。だとしても、樹里は良いと思っている。それくらい真剣に向き合って、時間を費やした。自信を持って世に送り出した商品なのだ。後悔などない。

 会計を済ませてエコバッグに入れたそれを、すぐに覗き込んだ。そして急に実感が沸く。あぁ終わったんだ、と。今、樹里の中には二つの大きな感情がある。一つは、プロジェクトが終わったことへの安堵。もう一つは、純粋に彼と会う機会が減るという寂しさだった。押さえ付けていた淡い心が動く。好きだと言ってしまえばいいのに。悪魔もそう囁いた。