「多分、その時の曲がこれでした」
「そっか。きっと彼にとっては、大切な思い出だったんだね」


 そう斎藤は微笑んだが、樹里は釈然としなかった。それならば何故、という苛立ちが過ったのだ。そこまでこんな思い出を大切にしていたのなら、どうして嘘をついてまで、別の女と会っていたのか。どうして「別れようかな」なんて香澄に言ったのか。今更怒っても仕方がないけれど、腹の中がムカムカして仕方なかった。 

 今になって気が付いた、このジングルベルの意味。千裕にとって淡い思い出で、香澄には嫌な思い出を植え付けてしまった曲。全ての始まりを見つけた樹里は、ようやく全ての終わりを感じている。レコードを替えようとした斎藤に、もう一度かけて貰ってもいいですか、と声を掛けた。彼は一瞬驚いて、それから何も言わずに針を落とす。そして静かに、樹里はこの曲に耳を傾けていた。


「彼らも、幸せになれるといいね」
「そうですね……あ、でも。あの子は結婚するみたいですよ」
「へ? あの時の女の子?」
「あ、そうです」


 斎藤が目を丸めた。そりゃそうだ。樹里だって驚いたばかりだ。相手はあの真面目な同期。どんなどんでん返しがあったのかは知らない。だけれども、彼を通して香澄にもきちんと謝罪された。好きになった男が樹里ばかり見ていて気に食わなかった、と。最後は多分、女の意地だけだっただろうと思う。彼女はそこまで、千裕に恋しているようには見えなかったから。送られてきた、幸せそうな二人の写真。憑き物が取れてスッキリした香澄の顔は、今まで見てきたよりもずっと綺麗だった。今思い出しても、優しく微笑むことができる。幸せっていいですね。樹里はポツリと溢した。