「この曲は……例の元彼の唯一の思い出みたいなものだったんです。どうしてなのか分からないけれど、お付き合いをしていた六年半、毎年クリスマスにこの曲がかけられてて。嫌って程に聞いたんです。だから染み付いちゃって。彼のことなんて忘れてたけど、やっぱり思い出すものですね」
「そうなんだ。彼には、何か思い出があったのかな。クリスマスに、この曲を聞いた時の思い出。どこかに二人で行った時に聞いたとか? 皆でいる時に聞いた、とか」


 そんなものあったか、と記憶を辿る。いつも考えたけど、何も思い出さなかった。だが今、斎藤が言ったことの何かが引っ掛かっている。皆で聞いたジングルベル。そんなことが昔、あったような気がした。


「あ……もしかして。ジャケットって見せて貰えます? CDも同じようかなぁ」
「はい、どうぞ」
「あ、あぁ。そうかも知れない……そうか」
「何か思い出したのかな」
「はい。前の会社なんですけどね。新卒がクリスマス会を企画する、とかいうのが会社の決まり事みたいにあって。彼は同期で。あぁそうだ。その時、私がこの曲の方がいいって言ったんだ」


 そうだった。二人じゃない、皆との思い出を辿って、樹里はようやく思い出した。

 会場のホールを飾り付けていた時、千裕の声が聞こえて来たのだ。会社でやるんだから楽しい曲の方がいいんじゃないか、と。彼が何度言っても、ムーディな物がいい、という女と揉めていた。それが、香澄だ。彼女は折れず、千裕が押し負けしそうになっていた時、樹里が口を挟んだのだ。楽しい曲の方がいいんじゃない、と。意見を求められた別の同期たちも、そうだね、とか同調して千裕の案が採用されたんだった。そうか、あの時のジングルベルだ。まだ仲良くもなかった千裕が、ありがとう、と嬉しそうに何度も言ったことを思い出している。