「本当に驚いたねぇ」
「そうですね」


 あれこれ話をするのに、この話題に戻るのは何度目か。それくらいに二人は、興奮を覚えているのかも知れない。誕生日が同じ人など、なかなか出会うものでもない。キュンとした胸も落ち着き、樹里も奇跡のような誕生日を楽しんでいる。それは、店内に流れるリズミカルなジャズも手伝って、お酒でも飲んでいるかのような気持ちだった。

 新しい調味料を勧めてみたり、これを合わせたら旨いんじゃないか、なんて話してみたり。会話がスムーズに流れていた時、ジリジリとレコードが止まった。斎藤は立ち上がると、次の一枚を選び始める。その静寂が、店内に二人だけだと妙に意識させた。見えて来た仕事の終わり。ひと月前なら堪えられた感情が、溢れ出ようとしている。そんな風に葛藤を重ねていると、レコードを取り換えた斎藤が針を落とした。次はどんな曲がかかるのだろう。あまり聴かないオールディーズだといいな、なんてワクワクしている。レコード特有のノイズが入り、聞こえて来るイントロ。その一音目でザラザラした予感がし始める。これは、聞き慣れたあのジングルベル。どうせすぐに陽気なおじさんが歌い始める、あの曲だ。あれから、千裕のことなど微塵にも思い出さなかったのに、この曲は未だに心をタイムスリップさせようとする。


「今の時期に聴く曲じゃないけど、ごめんね。ちょっと気になってたんだ。この曲、好きじゃないんじゃないかなって」
「あぁ……えっと」
「いろいろあるんだろうなって分かってるんだけど、この曲って絶対かかるでしょう? ここもそうだけど、いろんなところで。毎年苦しくなっちゃうの辛くないかなって思ってて……だからって、わざわざ聴かせることでもないんだけど。僕はいい曲だと思っててね。嫌いでいて欲しくないなって」


 斎藤は、この曲を乗り越えさせようとしている。できることならば、樹里だってそうしたい。千裕とは完全に縁が切れたが、この曲がかかる時期が来ることは不安だった。克服しようと思っていたって、どうしたらいいのかも分からない。この曲を聴いたら、まだ気持ちは振れるのだろうか。それは気掛かりなことだった。そして今、図らずも分かったことは、やっぱりこの曲は千裕との楽しい時間だけを思い出させるということだ。