その時だった。あのジングルベルが流れ始めたのだ。体が無意識に反応して固まる。もう千裕のことは終わったこと。今更苦しむ必要などない。そう思っているのにどうしてか、千裕とのことを考えてしまっている。悔しかったのだろうか。何もなければ幸せは続いていたと思っているのか。呼吸が少し乱れた。千裕は嘘をついていた。それは、分かっている。でも、忘れられない。二人で見た月。二人で食べたもの。二人で聴いた音楽。幸せだった記憶だけが、胸の中に蘇っていた。


「樹里ちゃん、大丈夫? あ、あぁ。これか」
「え、あっ、ごめん。大丈夫。嫌ねぇ、終わったことなのに」
「でも、仕方ないんじゃない?」


 仕方ない、仕方ない。でも、それでいいのかという疑問が残る。何故千裕は、この曲を聞き続けたのか。毎年新しいクリスマスソングをかけたくせに、これだけは残り続けた。その疑問が、未だにモヤモヤしているのかも知れない。


「お待たせしました。キーマカレーです」
「わぁ。やった。樹里ちゃん、おいしそう」
「あ、うん。そうだね」


 ようやく終わりが見えてきた曲に、幸せだった時間がまだグルグルと回っている。それと、釣られるように顔を出した裏切られた痛み。笑って話をしていても、それがしこりのように鎮座している。