「じゃあ、帰ろうか」
「はい」


 手は繋がなくとも、ちょっとだけ近い肩。時々触れてしまいそうな距離で、二人は歩き始めた。
 樹里は、努めていつものように振舞う。会話がなくなって気不味くなるのは嫌だから、つまらないことも沢山話した。恋人のことに触れないようにしながら。斎藤に気付かれないように、公園から一番近い駅ではなく、会社の最寄り駅へ向かう。少しでもゆっくり、隣を歩きたかった。そんなに遠回りになった訳じゃない。五分くらいだろうか。たったそれだけの時間が欲しいだなんて、ちょっと笑ってしまうな。

 当たり障りのない話をして、電車に乗る頃には料理の話ばかりになった。仕事が遅くなると、つい夕食が疎かになってしまう。夜は量もいらないからできれば自炊したいが、なかなかそれは叶わない。そう言う樹里に、斎藤は簡単なレシピを教えてくれる。それを懸命にスマホにメモしていると、斎藤がちょっと笑っていた。思わずムスッとする。「ごめん、ごめん」と謝る彼。友人くらいの距離には……なれたかな。そう笑い合って、電車を降りる二人。周りからは、どう見えているのだろう。兄妹? 同僚? 友人? ……恋人? ヒロミがいなければいいのに。絶対に思ってはいけないことが頭を過って、小さく首を振って消し去った。


「今夜も冷えるねぇ。ブンタ、怒ってるかな」
「そうですよね」
「多分、帰ったらすぐに散歩行くって懇願されます。いや、ちゃんと行きますけどね。ほら、こっちもふぅってしたいじゃないですか。あの子、許してくれないんですよねぇ」


 彼も以前より、フランクに話をしてくれるようになった。自己主張の強いブンタの顔が思い浮かぶ。きっと怒ってますよ、とケラケラ笑ったら、彼は苦虫を噛みしたような顔をした。砕けた関係になれて、楽しくて、嬉しかった。先などない、儚い関係。樹里だけが、密かに胸を痛めた。