「こんにちは。松村です」
「あぁ、こんにちは。お呼びたてしてすみません。どうぞ」


 斎藤から連絡が入ったのは、二日後だった。一晩は一人で悩み、翌日親に説明をしたという。そこで出てきた疑問点を幾つか伺いたい、と日曜の夜、社用携帯へ連絡をくれたのだ。隣の部屋にいただろうに、電話で話す不思議。これは仕事、と彼も線引きをした印だろうと思っている。


「父さん、母さん。いらっしゃったよ」


 奥の扉を開け、上へ向かって叫ぶ斎藤。聞こえてねぇかな、と呟いて、彼は二階に駆けて行った。


「ごめんね。今降りて来るから……あ、降りて来ますので」
「気にしないでください。今日は平野も連れて来ませんでしたし」
「そう? 良かった。コーヒーでいい?」
「あぁ、いえ。お気になさらず」
「えぇ、気にしますよ。一応、これは勉強したので、美味しく淹れられると思います。あ、そうだ。じゃあ、僕も飲むので。それに付き合ってください」
「承知しました」


 気にするな、と言っておいて、自分の言葉がひどく硬い。ふぅ、と長く息を吐いて、少し心を落ち着けた。静かなジャズが流れる店内は、薄暗いが柔らかな日の光が差し込んでいる。

 今日の目的は、彼らの不安を拭うことである。柔らかく、穏やかな雰囲気で向かい合おうと思っているが、未だぎこちない顔しかできていない。あまりに考え過ぎて、いつもの普通の顔がどれだか分からなくなっているのだ。斎藤の視線を確認して、下を向いて頬を思い切り持ち上げた。よし、大丈夫だ。彼は、カウンターの中でコーヒーを落とし始める。それをボゥっと眺めた。今日は仕事として来ていて、そういう(・・・・)感情はない。それなのに。落ち着けたはずの胸の音が、またすぐに大きくなる。しっかりしろ、と言い聞かせた時、奥の扉が開いた。