昨日は朱莉と明るいうちから酒を飲み、千裕とのクリスマスの話をした。毎年かけられていた陽気なジングルベル。初めて誰かに零したが、だからと言って、その音が消えるわけでもなかった。


「平野くん、今日は外行く?」
「あ、はい。先日、五反田のカレー屋の評価が入ったんですよ。その確認に」


 大樹の味覚チェックは、他の社員も認めるところとなっていた。いつの間にか『評価の高い店の再チェック要員』となっている。特別な役ではないが、皆から上がった意見の結果だ。効率も良く、彼もやる気になっているので、樹里は安心して見ている。


「そうしたら、一件お願いがあるんだけれど」
「はい。何でしょう」
「そのまま戸越に足を伸ばして欲しいの」
「戸越ですか。樹里さんの最寄りじゃないですか」
「あぁ、まぁそうなんだけどね。ちょっと今、私が行けそうになくて。出来れば、テイクアウトでキーマを買って来て欲しいの」
「あぁ書類、溜まってますもんね」
「そ、そうなのよね」


 デスクに山になった書類を叩き、やれやれという顔をして、樹里は手帳に手を伸ばした。斎藤に貰ったカードは、大事に表紙の内側に挟んである。それを出し、メモ紙に書き写す。写真を撮って共有したら良いのだが、『匡』と書かれたプライベート感に気付かれたくない。変に茶化されるのは御免だ。まだ残っている乙女心は、実にナイーブな物である。


「ここなんだけど」
「喫茶店ですか」
「そう、みたい。実はね、前に朱莉と行ったお店が美味しかったって話したじゃない? そこのご主人が、今はここでやってるんですって。私はまだ行けてないんだけれど、味の確認は早めにしたいなって思ってて」
「なるほど。分かりました。朱莉さんも美味しいって言ってたんですもんね。それならば絶対に美味しいです」


 お願いします、と丁寧に頼めば、任せてください、とすぐに席を立った大樹。その背を見送るのは、大きな不安がある。だがそれよりも、今は小さな緊張を感じていた。

 斎藤の作るカレーは、優しくて、美味しい。樹里はそう思うが、それを皆がどう評価するのか。まだ消え切らない気持ちとは別に、それを美味いと主張している自分が評価されるような感覚になる。キュッと足に力が入るのが分かった。