「どうした?」
「あ、ううん。とりあえず、終わったら連絡するよ」
「うん。忙しくて大変だね。休み明けだっていうのに。俺なんてさ、何もしたくなかったもん。今日とか」
「あはは。だよね。分かる」

 まるで棒読みだった。まだ千裕は何か言っているが、樹里には届かない。来年の春に生まれる命。もたもたしている場合ではないのではないか。あっという間にあの子の中で大きくなる。不穏が樹里を飲み込んでいった。


「あ、駅に着いた。また、連絡するね」
「うん。お疲れ様。本当に無理しないでね」
「ありがとう」


 彼の言う優しい言葉が、何も響いてこない。もしかしたら、平然と嘘を吐いているのかも知れない。一瞬でもそう思ってしまったら、疑いしか残っていなかった。本当は、駅になど着いていない。ただズカズカと速度を上げる。信じたい。二人の六年は真実だったと思いたい。しかし、色んな感情がそれを邪魔する。

 今は、何も考えない。考えない。考えない。心は何度もそう唱え、重い重い息を吐いた。冷静に判断をしなければいけない。そう思えば思うほどに、焦り始めた気がしている。誰かに話を聞いて欲しい。でも、こんなことを誰に話せるのか。《《子供という事実》》ができたのなら、あなたが身を引けと言われてしまう。樹里はわざと靴音を鳴らした。周りの陽気な声に耳を塞ぎ、酔っ払いの大きな声もシャットダウンした。何も見ない。何も聞かない。とにかく一人になりたい。下を向いたまま、現実から逃げるように歩いた。周りの陽気な声に耳を塞ぎ、酔っ払いの大きな声もシャットダウンする。何も見ない。何も聞かない。とにかく一人になりたい。下を向いたまま、歩くスピードが上がる。現実から逃げるようだった。そして、先に出来ていた大きな人だかりを避けようとした時――