「まぁくん、お腹空いたぁ」

 暑い暑い、言いながら開けたカレー屋の入り口。慣れた足取りは、カウンターへ真っ直ぐに進む。ランチには遅いし、夕飯には少し早いこの時間。珍しい時間に来たな、とキッチンから主の声がした。 

「うん。今日はカナちゃんが飲みに行ってて。だからご飯作るの面倒臭くなっちゃってさぁ」

 カナちゃんは今夜、暁子さんを誘って飲みに行く。この間食事に行った男の子も一緒に、三人で飲むのだとか。

 本当は、相談してきたその相手のことが気になったし、とても悩んだ。その男の人は誰、なんて聞くのは女々しいし。それに何より、僕は彼女にそんなことを聞いていい間柄ではない。悶々としていたけれど、上手く出来るかな、とカナちゃんsがブツブツ零していたから、《《そういう相談》》だったのだろうと飲み込んだ。何度も影で「自然に誘って……それから」とか言っている彼女を見て、もうそれが可愛らしくて疑うのも馬鹿らしくなってしまったのだ。大丈夫、と声をかけても、何だか緊張しているようだったし。だから今日の件は、深く気にしないことにしたのである。

「キーマでいいか」
「うん」

 ここに来たって、メニューから選ぶことはない。それもどうなんだろう、と思いもしたが、ココアが当然の如く出てくる環境に慣れている。そんなものだろう、と飲み込むのもすぐだった。チラリと目をやったメニューの片隅には、ガネーシャっぽい絵。カレー屋のシンボルマークを作ろうって話になって、三人で描き合ったんだけど。まるで小学生のようなまぁくんの絵。ウサギしか描けないカナちゃんの絵。それから、適当に描いた僕の絵。当然のことながら、ここに採用されているのは僕の絵なわけだ。