「カナちゃんは?」
「あ、ん?」

 宏海は自分の左手を指さした。結婚しているのか、ということだろう。

「あぁ……独身ですよ。えぇ、見事に」

 わざわざ自虐したのは、また母の顔を思い出したからだ。楽しく飲んでいたって、この話題に触れれば真っ先に思い出される。仕方がない。階下から聞こえたあの声は、まだ私の中で冷めていない。

「そっか。僕と一緒」
「あ、そうなの」
「うん。出会いはあるんだけどね。そういう関係にはならなかったな」
「へぇ」
「でもさ、もう五十じゃん。だから流石に姉ちゃんとか煩くて。最近は母さんまでそこに乗っかってて、実家に帰ると肩身狭いよ。父さんと兄ちゃんは、静かに見守ってくれるけど」

 まだムスッとする宏海は、カウンターに頬杖をつく。あの頃みたいな仕草で、可愛らしい。とは言え、もう五十になるおじさんではあるけれど。

「どこの家もそんなもんよね。私だって、同じようなもんよ。まぁ、直接言っては来ないけど」
「そっかぁ」
「そ。でも、私は一人っ子だからね。言うのは母だけだけど」
「なんかさぁ、この年になると、もう孤独死とか心配されるんだよね」
「分かる。そうなのよ、うちも。もう年齢的にさ、子供云々言われなくなって安心したのになぁ。自分たちがいなくなったら、私が一人ぼっちになるんじゃないかって心配してるみたいなんだよねぇ」

 冷酒をクイッと飲みこんで、肩を落とした。同調した宏海も、同じように呆れ顔になる。自分たちがどれだけ大丈夫だと言ったところで、相手は簡単に納得しない。そこまで分かっているから、実家に帰るのもしんどくなるのだ。でも、一人っ子の私が、両親と距離を置くわけにはいかない。