「あ、だからスケッチしてたの?」
「そう。お花とか、景色とか。いいなと思ったら絵に描いておくの。何か作る時のインスピレーションに繋がるかもしれないしね」
「へぇぇ」

 本当に分からない世界だな。写真じゃだめなのかな。いや、そういうのは感覚とかが大事なのかも知れない。綺麗だと思った時の情景を、最も脳内のイメージに近づけて切り取っておける手段。それはきっと、人によって違うんだろう。勝手に考えて、勝手にそう結論付けた。

「カナちゃんは、今日はお休み?」
「あ、そう。病院のお休みが二連休なんだけど、そのタイミングで一般企業でもお仕事しててね。たまたまそれが休みで。あ、そんな立派なものじゃないよ。不定期で仕事に行くくらいの、バイトみたいなもんなんだけど」
「へぇぇ」
「宏海、田所(たどころ)百合(ゆり)って覚えてる? 私と仲が良かった」
「うんうん。少し派手な子だったよね」
「そうそう。その百合の会社でね、ペットフードのアドバイザーをしてるんだ」

 その仕事に声を掛けてくれたのは、大学に入って疎遠になってしまった百合だった。国産野菜を扱うタケナカ農場という中規模のアットホームな会社で、彼女はそこの営業部長。国内の農家と直接契約し販売するのを主事業としている会社で、立ち上げからいる百合は古株だ。

 再会したのは、今から十年近く前。うちの動物病院へ、営業で彼女が来たのだ。規格外の野菜を使ったペットフードのサンプルを持って。新規事業で立ち上げたばかりで、病院だけでなく、サロンや学校、様々な施設を回っているらしかった。一頻り説明を終えた百合は、私に頼んだのである。力を貸してくれないか、と。一瞬、その熱意に困惑したが、暁子は「いいじゃん、いいじゃん」とケラケラ笑うだけ。それで冷静になった私は、まぁ断る理由もないか、と引き受けたわけだ。そして今も、アドバイザーという肩書を有り難く頂戴している。