それぞれ風呂に入って、寝る支度をする。並んだベッドに入った頃には、母さんも諦めたようだった。
「ふふふ。何か変な感じね」
「ね。でもさ、確かに一理あるよなぁって思ったよ。中川さんの言うこと。こうして二人で並んで眠るのなんて、また今度ある保障はないもんね」
「確かにそうだけどさぁ。最後かもよ、なんて言われたらさ。反論したくなるじゃない」
「それは分かるけど。でも、俺もすぐ結婚しちゃうかもよ?」
「え? そんな相手いるの?」
「いや、いないけど……」
幼い頃ならば、ここにパパがいた。三人で話していた時は、みんな笑っていたように思う。離婚の前だって、パパがママに怒っていたような記憶はないし。普通の仲睦まじい家族であったような気がする。それもこれも、俺の幻想なのだろうか。
「ねぇ母さん。俺、色々考えたんだ。向こうで言われて来たことや小林さんに聞いたこと。それから、母さんに聞いたこと。その全部を聞いて、俺が繋げて感じたことなんだけどね」
「……うん」
「もしかして、パパはママのことを嫌いになったわけじゃないのかなって。全部、親に仕組まれた、というか。それに抗えなかった結果なのかなって」
俺は、隣を見ない。多分、母もそうだろう。何も言わないのが答えか。それとも、何を言うか思案しているのだろうか。
「パパの気持ちは分からなかったけれど……ママは正直なところ、どうして離婚しなきゃいけないのか、最後まで分からなかった。今もね。けれど、私が母親をちゃんと出来なかったのは事実。あなたに淋しい思いさせてまで、自分の仕事を優先してしまっていたから」
「でも、それは」
「ううん。それは事実なの。エイタは……パパは、カナコの夢を応援したいって言ってくれてた。その優しさに、甘えすぎてたのね。あの時、ママに起こったことを話すのは容易いけれど、どっちの言い分が真実かって、カナタは悩むことになるんだと思うの。それは良くないわ。でもね……ただ一つだけ言えるのはね。もしかしたら、パパは全容を知らなかったのかもしれないって……」
小さいけれど、はっきりとした声だった。母の中で、諸悪の根源ははパパではない、と結論付けているような。そんな風に聞こえた。つまりは……
「それってさ……」
「カナタ。それ以上は言ってはダメ。ダメよ。気になるのは分かる。でも、もう覆らないでしょう。だから今、こうして会うことが出来ているだけで、いいんじゃないかしら」
「ママは……それで、いいの?」
「うぅん、そうねぇ。いつだってカナタを取り戻したかったし、やり返したい程憎んだ人もいる。でもね、今はカナタに会うことが出来る。ママはそれだけで、もう十分よ」
そこまで言ってから、母がこっちを向く。「大丈夫。ママは幸せよ」と。その顔に嘘はないと思った。
母の言う通り、確かに過去は覆らない。今から、あの五歳の夜に戻ることは出来ないのだ。でも……俺には、知る権利がある。真実がすべて見えなくてもいい。それでも、向こうの言い分も聞かなくちゃいけないと思っている。そう、遠くない未来に。
「ふふふ。何か変な感じね」
「ね。でもさ、確かに一理あるよなぁって思ったよ。中川さんの言うこと。こうして二人で並んで眠るのなんて、また今度ある保障はないもんね」
「確かにそうだけどさぁ。最後かもよ、なんて言われたらさ。反論したくなるじゃない」
「それは分かるけど。でも、俺もすぐ結婚しちゃうかもよ?」
「え? そんな相手いるの?」
「いや、いないけど……」
幼い頃ならば、ここにパパがいた。三人で話していた時は、みんな笑っていたように思う。離婚の前だって、パパがママに怒っていたような記憶はないし。普通の仲睦まじい家族であったような気がする。それもこれも、俺の幻想なのだろうか。
「ねぇ母さん。俺、色々考えたんだ。向こうで言われて来たことや小林さんに聞いたこと。それから、母さんに聞いたこと。その全部を聞いて、俺が繋げて感じたことなんだけどね」
「……うん」
「もしかして、パパはママのことを嫌いになったわけじゃないのかなって。全部、親に仕組まれた、というか。それに抗えなかった結果なのかなって」
俺は、隣を見ない。多分、母もそうだろう。何も言わないのが答えか。それとも、何を言うか思案しているのだろうか。
「パパの気持ちは分からなかったけれど……ママは正直なところ、どうして離婚しなきゃいけないのか、最後まで分からなかった。今もね。けれど、私が母親をちゃんと出来なかったのは事実。あなたに淋しい思いさせてまで、自分の仕事を優先してしまっていたから」
「でも、それは」
「ううん。それは事実なの。エイタは……パパは、カナコの夢を応援したいって言ってくれてた。その優しさに、甘えすぎてたのね。あの時、ママに起こったことを話すのは容易いけれど、どっちの言い分が真実かって、カナタは悩むことになるんだと思うの。それは良くないわ。でもね……ただ一つだけ言えるのはね。もしかしたら、パパは全容を知らなかったのかもしれないって……」
小さいけれど、はっきりとした声だった。母の中で、諸悪の根源ははパパではない、と結論付けているような。そんな風に聞こえた。つまりは……
「それってさ……」
「カナタ。それ以上は言ってはダメ。ダメよ。気になるのは分かる。でも、もう覆らないでしょう。だから今、こうして会うことが出来ているだけで、いいんじゃないかしら」
「ママは……それで、いいの?」
「うぅん、そうねぇ。いつだってカナタを取り戻したかったし、やり返したい程憎んだ人もいる。でもね、今はカナタに会うことが出来る。ママはそれだけで、もう十分よ」
そこまで言ってから、母がこっちを向く。「大丈夫。ママは幸せよ」と。その顔に嘘はないと思った。
母の言う通り、確かに過去は覆らない。今から、あの五歳の夜に戻ることは出来ないのだ。でも……俺には、知る権利がある。真実がすべて見えなくてもいい。それでも、向こうの言い分も聞かなくちゃいけないと思っている。そう、遠くない未来に。

