「中野様、ようこそいらっしゃいました」
「あ……今年もお世話になります。あの、えっと……息子です。ようやく、ようやく……一緒に来ることが出来ました」
「それは……良かった、本当に良かったです」

 話しかけてきたのは、支配人、と書かれたネームプレートを付けた紳士。向こうは仕事だろうに、母と一緒になって涙を拭いているではないか。俺は何も言わず、二人を黙って見ていた。母さんが、ようやく一緒に来られた、と言ったから。本当に毎年、一人で来ていたのだろうか。

「ごゆっくりとお寛ぎくださいね」

 紳士はそう言った後、俺に向けて微笑んだ。よく分からないが、とりあえず笑みを返す。母はまだ涙目だった。

「あの人ね。昔、一緒に来た時に、フロントにいた人なの」
「え?」
「離婚して、毎年。あなたの誕生日に一人で来てたからね。何年か経ってから不思議に思ったんでしょうね。息子と来られなくなってしまったって、溢しちゃったのよ。つい。それを覚えていてくれてね。異動があったりしたし、深く話すことはなかったけれど。会えば、気にかけてくれて」
「そうなんだ」

 あぁ、母は本当に毎年ここで俺の誕生日を祝っていたのだ。それを知り、母の思いを想像できないわけではないが、単純に嬉しくなってしまった。忘れられていなかった。そう実感するたび、今でも感情の高揚を抑えられなくなる。二十年会いたかった母が、自分を忘れないでいてくれたという事実に。