「カナちゃん。仕切り直して、もう一度言ってもいいですか」
「えっ、あ、はい」
「僕と正式に結婚しませんか」
「よ、よろしくお願いします」

 思い出に浸り始めていた私に対して、宏海はもうすっかり落ち着いている。それであまりにサラリと言うから、流れのままに返事をしたけれど。こんなんでいいんだったか。プロポーズって、こんな感じだったか。

 まだ落ち着けずにいた私に、カナタが笑った。母さん良かったね、と。あ、私、幸せになっていいんだ。そこに手を伸ばしても、いいんだね。ようやく実感が湧いて、視界がちょっとだけ歪んだ。

「カナちゃん。できるだけ早めに、籍を入れませんか」
「あ、はい」
「それで僕、考えていたことがあってね」
「うん」
「僕が、お婿さんに行こうと思います」

 ニコニコしながら言った宏海。それはまるで、決定事項のように。私は、いや、匡もカナタも、唖然として彼を見ていた。

「僕は三人兄弟の末っ子。対して、カナちゃんは一人っ子。プロポーズをって考えた時に、きっとその方がいいんじゃないかって思ったんだ。カナちゃんは氏名変更の手続きも面倒だろうし。僕には時間もあるしね」

 その申し出は、確かに有り難い。一度は嫁に出たが、出戻って二十年。今更、中野姓を脱するのも忍びなかったのは確かだ。たかが名字。されど名字。再び出て行くことは、憂慮するところだった。