「じ、事実です。僕はずっと、カナちゃんが好きでした。あぁもう……こんな昔のこと」
「えっと……ごめん?」
「いや、カナちゃんが悪いわけじゃないよ。大学が忙しくなるのは分かってたのに、その前に気持ちを伝えられなかった自分が悪い。それに……僕はずっと……カナちゃんがまぁくんを好きなこと、気が付いてたから」
「へ?」

 匡を好きだ、なんて思ったことはない。一秒たりともない。彼が何を見てそう思ったのか分からない。信じられないものでも見るような顔をして、匡が宏海を見ていた。

「えっと……匡をそういう風に見たことは、今の今まで一度もないよ?」
「えぇ、嘘だ。だって、カナちゃん、いつもカウンターの中のまぁくんばかり見てたじゃない」
「匡を?」
「うん」
「私が?」
「うん」

 首を傾げつつ、三十年前を思い出してみる。あの窓際の席に座って、宏海に勉強を教えてた。私の隣には、百合。匡は確かに、おじちゃんの手伝いをするためカウンターにいた気がする。けれど?

「あのなぁ……お前たち、いい加減にしろ。俺が振られた感じにすんな。いいか? 宏海はカナコが好きだった。それと、カナコがあの時見てたのは、俺じゃなくて、カウンターの中にあった写真(・・)だ。以上」
「写真?」
「そうだよ。あの頃、母さんがインスタントカメラで撮りまくってだろ。宏海もよく撮られてたじゃん。その写真があったの。で、カナコがニマニマして見てたのは、俺じゃなくて、その写真の中の兄貴」
「あぁあ。そうそう。二番目のね、お兄ちゃん」

 懐かしい。なかなか会えなかった好きな人。おばちゃんが毎日のように変えていた写真を見ることだけが楽しみだった。そのために、ここに来ていたようなものだ。

 今度は宏海が大きく息を吐き出す。私たちは、互いに盛大な誤解をしていたようだ。苛ついた顔の匡が、宏海の頭をグシャグシャに混ぜる。分かったか、と言う声は、反してとても優しかった。