「タケナカで働いている獣医の中野。それはもう母でした。あぁやっぱり幸せになってたんだ。会って、何か言ってやりたい。そう思いました。中川さんは以前、僕と変なところで会った日のことを覚えていますか」
「変なところ……あ、カナちゃんの実家の近くの?」
「えぇ。あの時僕は、祖父母の家を探したんです。例え仕事で会ったとしても、言いたいことはぶつけられませんから。だから、より詰められるプライベートなところを探していた。それが、あの時です」
覚えている。それは、あの写真を確認しに行った時だ。確かカナちゃんは、泊まりで出かけていた日。佐々木くんと昼飯を食べて、そのまま打ち合わせをしたんだ。
「あの時、中川さんが教えてくれたんです。妻は毎年この日に、小田原へ行っている、って」
「あぁ、うん。そうだったね」
「はい。なんてことない話だったでしょうけど、僕にはそれで十分でした。あの日は、僕の誕生日。それから小田原。母がどこに居るのか、すぐに分かりましたから。だから仕事を終えて、行ってみたんです。思い出の浜に。複雑な気持ちでした。毎年そこに行っているって、僕の誕生日を覚えていてくれたんだなって、嬉しかった。でも本当は……今更、母親面してという怒りの方が大きかった」
複雑な親子の物語に、僕も巻き込まれていたとは。あの日、確かにそんな話をした。魚を買って来てもらおうとして、聞いたんだった。話の流れは覚えていないけれど、彼がどこか動揺したように見えた記憶がある。カナちゃんは下を向いたまま。まぁくんは、心配そうに彼らを見つめている。
「あの日、浜で僕が見たのは、小さく蹲って泣く女の人でした。母なのか確証はなかった。だから、僕は試しました。話しかけ、見定めた。母ならば、嫌味の一つや二つ、言ってやろうと思った。それを言う権利が、僕にはある。そう思っていたから。けれど……言えなかった。真正面から顔を見たら、ずっと抱きしめて欲しくて、ずっと頭を撫でて欲しかった母だった。あの時のままの」
カナちゃんが震えている。
あの日にそんな意味があったなんて、思いもしなかった。僕はきっと呑気なことを言って、彼女を送り出していたんだろう。初めて知る胸の痛み。でも、佐々木くんはもっと辛かった。カナちゃんも、もっと苦しかった。当時何があったのか、僕には分からない。でも、これからの二人の未来が、より幸せならいいと思った。
「変なところ……あ、カナちゃんの実家の近くの?」
「えぇ。あの時僕は、祖父母の家を探したんです。例え仕事で会ったとしても、言いたいことはぶつけられませんから。だから、より詰められるプライベートなところを探していた。それが、あの時です」
覚えている。それは、あの写真を確認しに行った時だ。確かカナちゃんは、泊まりで出かけていた日。佐々木くんと昼飯を食べて、そのまま打ち合わせをしたんだ。
「あの時、中川さんが教えてくれたんです。妻は毎年この日に、小田原へ行っている、って」
「あぁ、うん。そうだったね」
「はい。なんてことない話だったでしょうけど、僕にはそれで十分でした。あの日は、僕の誕生日。それから小田原。母がどこに居るのか、すぐに分かりましたから。だから仕事を終えて、行ってみたんです。思い出の浜に。複雑な気持ちでした。毎年そこに行っているって、僕の誕生日を覚えていてくれたんだなって、嬉しかった。でも本当は……今更、母親面してという怒りの方が大きかった」
複雑な親子の物語に、僕も巻き込まれていたとは。あの日、確かにそんな話をした。魚を買って来てもらおうとして、聞いたんだった。話の流れは覚えていないけれど、彼がどこか動揺したように見えた記憶がある。カナちゃんは下を向いたまま。まぁくんは、心配そうに彼らを見つめている。
「あの日、浜で僕が見たのは、小さく蹲って泣く女の人でした。母なのか確証はなかった。だから、僕は試しました。話しかけ、見定めた。母ならば、嫌味の一つや二つ、言ってやろうと思った。それを言う権利が、僕にはある。そう思っていたから。けれど……言えなかった。真正面から顔を見たら、ずっと抱きしめて欲しくて、ずっと頭を撫でて欲しかった母だった。あの時のままの」
カナちゃんが震えている。
あの日にそんな意味があったなんて、思いもしなかった。僕はきっと呑気なことを言って、彼女を送り出していたんだろう。初めて知る胸の痛み。でも、佐々木くんはもっと辛かった。カナちゃんも、もっと苦しかった。当時何があったのか、僕には分からない。でも、これからの二人の未来が、より幸せならいいと思った。

