そして、また沈黙が訪れた。宏海が、簡単に想像できた話ではないと分かっている。だから、ゆっくりと話しをしないと。
「どうして……? 黙ってたの」
「黙ってた、というか言えなかったの。本当に色々あって……私バツイチなんだって、一言で終わらせられるほど簡単じゃなかったから。離婚の話が出て、息子を手放したくないから必死に戦った。けれど、向こうが一枚も二枚も上手で。人間の嫌なところをたくさん見て、他人を信じられなくなって。力のない私は、この子を手放さざるを得なくなった。結果的に、彼の母であることを放棄したのが、私の離婚だったから」
捨てたつもりなどない。けれど、私はカナタを育てられなかった。ぎゅっと握り込んだ手を、息子が包んでくれる。あの時の悔しさや、悲しみは、この子だって経験しているのに。母に捨てられたという絶望を、味わっているはずなのに。
「ねぇ匡。匡も聞いてくれる?」
宏海は、何とか落ち着こうとしてはいるものの、まだ少し困惑しているように見えた。だから、隣に匡が居たら安心できる気がした。どうせ彼にだって聞いて欲しい話だ。匡は断ろうとしていたが、お願い、と宏海の隣に座ってもらった。
「私は、二十五でこの子を生んで、三十で離婚した。まだまだ駆け出しの獣医でね。生活の面では夫頼り。料理は、まぁ二人も知っての通り。保育園の送迎とか、この子が熱を出した時とか。子育ての主軸は夫だった。私が立派な獣医になれるようにって、彼が進んでそうしてくれて。すごく助けられたの。けれど、離婚の話が出たら、それが全て仇。どんなに頑張っても、カナタを引き取ることが叶わなかった。その結果、抜け殻のようになってしまって、私はこっちに戻ったの。五つのこの子を置いて」
目の前の二人は、何も言わない。友人の知らなかった過去を聞いて、何と言うべきなのか思案しているのだろう。
「それからのことは、二人の知ってる通り。時々またここに来るようになって、それから宏海と再会もした。ずっと独りだったのは、不本意でも息子を捨てた私が幸せを望むなんて出来なかったからよ。誰のせいでもない。私が許せなかったの」
母さん、とカナタが情けない顔をするが、これは本心だ。ただの自己満足だったとしても。淋しい思いをさせた息子へ、せめても自らを律していたかった。幸せになどなってはいけない、と。カナタが、私を恨んでいてくれたらいいと思った。自分を捨てた女、と憎んでくれていたら、と。この子の中に、私が居られる。それだけで、十分だった。
「どうして……? 黙ってたの」
「黙ってた、というか言えなかったの。本当に色々あって……私バツイチなんだって、一言で終わらせられるほど簡単じゃなかったから。離婚の話が出て、息子を手放したくないから必死に戦った。けれど、向こうが一枚も二枚も上手で。人間の嫌なところをたくさん見て、他人を信じられなくなって。力のない私は、この子を手放さざるを得なくなった。結果的に、彼の母であることを放棄したのが、私の離婚だったから」
捨てたつもりなどない。けれど、私はカナタを育てられなかった。ぎゅっと握り込んだ手を、息子が包んでくれる。あの時の悔しさや、悲しみは、この子だって経験しているのに。母に捨てられたという絶望を、味わっているはずなのに。
「ねぇ匡。匡も聞いてくれる?」
宏海は、何とか落ち着こうとしてはいるものの、まだ少し困惑しているように見えた。だから、隣に匡が居たら安心できる気がした。どうせ彼にだって聞いて欲しい話だ。匡は断ろうとしていたが、お願い、と宏海の隣に座ってもらった。
「私は、二十五でこの子を生んで、三十で離婚した。まだまだ駆け出しの獣医でね。生活の面では夫頼り。料理は、まぁ二人も知っての通り。保育園の送迎とか、この子が熱を出した時とか。子育ての主軸は夫だった。私が立派な獣医になれるようにって、彼が進んでそうしてくれて。すごく助けられたの。けれど、離婚の話が出たら、それが全て仇。どんなに頑張っても、カナタを引き取ることが叶わなかった。その結果、抜け殻のようになってしまって、私はこっちに戻ったの。五つのこの子を置いて」
目の前の二人は、何も言わない。友人の知らなかった過去を聞いて、何と言うべきなのか思案しているのだろう。
「それからのことは、二人の知ってる通り。時々またここに来るようになって、それから宏海と再会もした。ずっと独りだったのは、不本意でも息子を捨てた私が幸せを望むなんて出来なかったからよ。誰のせいでもない。私が許せなかったの」
母さん、とカナタが情けない顔をするが、これは本心だ。ただの自己満足だったとしても。淋しい思いをさせた息子へ、せめても自らを律していたかった。幸せになどなってはいけない、と。カナタが、私を恨んでいてくれたらいいと思った。自分を捨てた女、と憎んでくれていたら、と。この子の中に、私が居られる。それだけで、十分だった。

