「分かった」

 少しだけ、力強く言った。ジャズが流れる店内で、カウンターから近づく足音。私の心臓の音と同じように、革靴のそれが段々と大きくなる。母さん、とカナタが言う言葉に、私は小さくコクリと頷いた。

「お待たせしました」

 音を立てないように置かれたカップ。その揺れる水面。鼻腔に届く香ばしさ。大丈夫。大丈夫だから。

「匡、ちょっといい?」
「あ……おぉ。どうせ誰もいねぇし」
「うん。あのさ……その。ごめん」
「あ? 夕べのことか」
「うん……それもあるんだけど。あのね。驚かないで聞いて欲しいんだけど。その……この子は、私の……息子です」
「……うん?」
「母がいつもお世話になっております。佐々木カナタ、と言います」

 杓子定規な挨拶をするカナタ。それに目をやって、おずおずと匡を見た。目を丸めて、私
と息子を行ったり来たり。そもそも結婚したことも知らせていなかったんだ。急に息子がいると言われても、信じられるわけないか。

「えっと……本気で言ってる?」
「うん。今年、二十五になったの。皆には話してなかったけどね、私バツイチなの」
「え、ちょっと待って、待って。俺、追いついてない。え? バツイチ……ひ、宏海は? 知ってるのか」
「うぅんと、半分は。バツイチだってことは、半年くらい前に話した。でも、子どもが居るとは言ってない」
「カナコ。それは……って、あ。ちゃんとするってそれのことか」
「そう。色々あってね。離婚してから二十年、ずっと会えなかったの。でも、三ヶ月前に再会できて、さっき両親にも会わせてきた。その、息子の気持ちもあるし。私の気持ち云々は、本当に一番最後だったから。まずは親子をやり直して、両親に会わせてから、宏海にもって思ってたの」

 ギュッと握り込んだ拳が震える。匡は、三十年来の友人。結婚、出産、離婚。どれも話してこなかった。嫌な感情を持たれるだろうか。