「母さん、行こう」
「えぇ……うん」

 躊躇う私に、キラキラと好奇心を乗せた眼差しが注がれる。大きな溜息を吐いて、扉に手を添えた。もう夕暮れ時。客はそれほどいないだろうか。

「いらっしゃ……カナコ」
「あ……うん」
「え? あ、どうぞ」
「奥、いい?」
「おぉ」

 矢継ぎ早に匡の言葉が飛んでこなかったのは、後ろに続いたカナタが目に入ったからだろう。こっち、とカナタを誘導し、店奥の四人掛けに座る。メニュー表を見せて、何にする? と問うが、なかなかいつものようにはいかない。銀色の盆を持った匡が、近づいてくる。どうしよう。顔が上げられない。

「ご注文はお決まりですか」
「ホットコーヒーを二つ、お願いします」

 目を向けられない私。注文したのはカナタだ。匡がちゃんと接客をしている。カナタが誰なのか分からない以上、私に何も言えないのだろう。いずれ匡にもカナタを会わせたいと思ってはいたが、宏海にもきちんと会わせていないのにいいのだろうか。あぁでも、宏海に会ってはいるんだった。ぐるぐると纏まらない考えが、あれこれ浮かんだ。

「ねぇ、ちゃんと紹介してね」

 匡が離れると、カナタがそう言う。匡が離れると、カナタがそう言う。期待に応えたいが、私はまだ躊躇いがあった。店内を嬉しそうに見渡すカナタは、ここが母さんの思い出の場所なんだね、と呟く。仲間がいて、そこに宏海もいて。青春時代の記憶が蘇る。

 宏海はきっと、私を拒絶するだろう。カナタと毎日連絡を取っていたのも、誤解しているだろうし。でも、そのままでいいの? いや、誤解だけは解いておきたい。そうなれば、匡を利用しない手はないか。